恋愛SF『レディランサー アグライア編』15章-5
15章-5 ジェイク
「とにかく広告は、奥へ引っ込めさせよう。とりあえず、エイジたちにも対処を相談しないと」
どうにかこうにかエディをなだめ、何とか車に連れ戻すことに成功したが、俺が後から聞いた店長の言い分は、もっともだった。
「総督閣下をヒロインにしたポルノ映画は、よく売れるんですよ。実写ではなく、アニメなら構わないというお達しだったでしょう」
この業界に詳しい優男の店長は、得々として語ったものだ。
「各組織の映像作家たちは、張り切って新作に取り組んでいますよ。これからも次々、新作が出ます。売れ行きがよければ、都市の収益にもなりますし、総督閣下の評判をますます高めることになるでしょう」
毅然とした美少女だからこそ、それを徹底的に貶め、犯したいという願望が、多くの男にある……というわけだ。俺自身、そういう願望がないかと問われれば……答えに窮する。
確かにこれまでも、中央の歌手や女優などを登場させた違法ポルノは多かったのだから、ジュンが素材にされたことは、不思議でも何でもない。ただ、迂闊な俺たちが予想しなかっただけだ。俺たちにとってジュンは、常に〝妹〟であり〝少女〟だったから。
だが、世間一般からしてみれば、もはや立派な〝女〟。
それでも市民社会にできているファンクラブでは、きちんとした規約や紳士協定があり、盗撮した映像などは決して売らない、流通させる資料や写真も、きちんと吟味したものだけ、と自己規制している。
だが、辺境の商売人たちには、そんな自制は一切ない。売れれば勝ちという世界。かつてメリッサもまた、ジュンの着た衣装や何かを売ろうとしたらしいのだ。
……それにしても、あのジュンが。
いや、もちろん本人ではない。他人の勝手な創作物に過ぎないのだが。忘れたくとも、店頭で見た刺激的な映像の数々が脳裏にちらついて、頭が混乱する。
俺が最初にジュンを見たのは、母親と一緒に親父さんの出迎えに来ていた、赤いリボンに白いワンピースの少女の頃だ。その母親が亡くなった時、ジュンは髪を短く切って、男の子のような格好に切り替えた。そして、自分も船乗りになると宣言した。そうすれば、父親と一緒に暮らせるから。
あいつが早々とB級ライセンスを取り、強引に《エオス》に乗り込んできて以来、俺たちは心を鬼にして、弟同様にしごいてきたものだ。賞金首である父親の盾になることに決めたジュンに、それしか、してやれることがなかったから。
そのジュンが誘拐されて、違法組織の〝連合〟に取り込まれ、追ってきた俺たちがこの《アグライア》で再会した時は、スタイリストが付いて特注のスーツやドレスを着せ、スター並みの華やかな美少女に仕立て上げていた。
最初は、知らない女が車から降りてきた、と思ったものだ。明るいピンクの衣装で、きらきら光る宝石をつけて。その女がすぐエディに飛びついたので、やっとジュンだとわかって、たじろいだ。
たった数か月で、これほど変わるものか。
顔は同じだし、癖っ毛の黒髪も短いままだが、雰囲気が違う。ジュンは明らかに、〝女〟を前面に出すようになっていた。うっすらと化粧して、甘い香水の香りを振り撒いて。
確かに、いつか、バシムに言われたことがある。ジュンもいずれ、別人のように花開く時が来るだろうと。
その通り、堅い蕾だったものが、大輪の花になりかけている。よりによって、辺境の違法都市で。
いや、だからこそ、女を出すことが武器になると、本人も覚悟したのだろう。違法組織はほとんど、男たちの天下だからだ。
それでもまだ、俺たちに頼るところは元のままだったから、こちらも内心で胸を撫で下ろしていた。ジュンの中身は、変わっていないと。
だが、世間の男たちから見れば……魅力的な、若い女の一人だ。清純そうに、もしくは高慢そうに見えるからこそ、陵辱したい欲望をかき立てる。怖いのは、それが俺自身の欲望と共鳴することだ。ジュンの顔を見る時、あの映像が重ならないという自信がない。
その晩、ルークとエイジにこっそり相談したところ、彼らは数日前に噂を聞き、同様の映像を目にしていたという。だが、エディをどうなだめていいか迷い、言えないままだったと。
「だいたい、本人に知れたら怖いぞ」
「今度こそ、死人が出るかもしれん」
「店ごと爆破するんじゃないか」
「関係者をずらりと並べて、広場で吊るし首かも」
「いや、日本刀で斬首じゃないか」
ジュンが知ったらどう反応するか、それが俺たちには最大の不安だった。激怒するのか、冷たく無視するのか。それとも、平気なふりをして、後でこっそり泣くのか。
怒るのなら、皆でなだめられるが、泣かれたらどうする。もしや、それで意気消沈して、市民社会に帰りたいとは言うまいな。弱気を見せたら、それこそ最後だ。最高幹部会は、そんな幕切れを望むまい。
それで俺たちは(まだ怒り続けているエディを抜きにして)、怖々、ジュンの首席秘書を務めるメリッサに尋ねてみた。女性の立場では、自分がポルノの素材にされたらどう感じるか、と。
すると優雅な美女は、細い目を細めて、くすくす笑いだしたのだ。
「殿方って、鈍いんですのね」
何、何だと。
「そんなこと、ジュンさまは、とっくにご存知ですわ。だって、作り手から進呈された見本を何本か、ご覧になっていますもの」
何だって。あれを、本人が、見ているだと。
それで、俺たちには何も言わずに、知らん顔していたというのか。あの、怒りっぽくて喧嘩っ早い娘が。
『レディランサー アグライア編』15章-6に続く