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恋愛SF『レディランサー アグライア編』14章-3

14章-3 エディ

 その晩は、ぼくらの歓迎会というか、側近グループの結成会というか、ユージンとメリッサも加わって、賑やかな晩餐になった。

 ジュンからはアレンと双子の姉妹の物語を聞いたり、辺境の大立て者メリュジーヌの印象を聞いたり。こちらは親父さんの様子を報告したり、議会や司法局の反応を話したり。

「みんな、心配半分、期待半分で見守ってる感じかな。きみが辺境でやっていけるかどうか、賭けをしている連中もいる」

 ぼくが言うと、ジュンはにこやかに受ける。

「やっていくよ。それしかないもん。こうやって、みんなも来てくれたし」

 細身で浅黒い伊達男のルークは、いつも通りに明るい。

「いやあ、辺境には辺境の女性がいるからなあ。今日も早速、素晴らしい美女と知り合えたし」

 と、メリッサ嬢に熱い視線を注いでいる。いつでもどこでも、人生を楽しむ主義なのだ。彼女の方は、露骨に気づかないふりをしていた。ルークは趣味ではないのか、それとも、冷たいふりで気を惹いているのかはわからない。市民社会に恋人を残してきている男など、相手にするのは時間の無駄、ということかもしれない。

 ずんぐりした武道家のエイジは、いつも通りに平静だった。

「自分が辺境で暮らすとは思わなかったが、天から与えられた試練だと思って、やれるだけはやってみよう」

 何があっても、それを自分の修業だと捉える男だ。寡黙だが、粘り強くて、頼りになる。

 無精髭を生やしたジェイクは、これまでと変わらず皮肉に言う。

「最高幹部会も、よく、こんなじゃじゃ馬をスカウトしたな。暴走して都市が潰れても、俺は知らんぞ」

 ジュンは不敵に笑っていた。

「あんたたちには、そのじゃじゃ馬の子分になってもらうよ。明日から早速、各部門の監督を頼むからね。必要な資料は、全部渡してあるでしょ?」

 これまで輸送船《エオス》では一番の下っ端だったジュンが、ぼくらのボスという形になる。最高幹部会がこの都市の総督に任命したのは、ジュンだからだ。

 もちろんジュンは、先輩たちの知恵や経験を頼りにしているし、忠告も聞くだろうが、最終的な決定権はジュンにある。先輩たちも、そのことはわきまえていた。たぶん、ずっと前からわかっていたと思う。ジュンはいずれ、親父さん以上の大物になると。

 だからそれぞれ、自分の持っている知識や技能を、可能な限りジュンに注ぎ込んできた。ジュンが今日あるのは、先輩たちの薫陶のおかげだろう。

 とにかく明日からは、ぼくらのチームでジュンを支える。遠い違法都市を拠点にしたティエンなど、通話しかできないのだから。

   ***

 ぼくに割り当てられた部屋は、ジュンの私室のすぐ隣だった。つまり、最高の立地。まさに、騎士の位置だ。

 それだけで嬉しくて舞い上がりそうだが、責任も重大だ。気を引き締めていかなくては。

 ぼくの隣がジェイクで、同じ階にはメリッサ嬢の部屋もある。あとはエイジとルーク、それにユージンの部屋が、すぐ下の階。総督の周囲は、忠実な側近に囲まれているということだ。

 もちろんビルの管理システムは、上からの命令を受けたら、すぐさまぼくらを射殺できるが。そんなことにならないよう、この都市を繁栄させていかなくては。

 何より嬉しかったのは、ジュンが当然のように、ぼくを私室へ招き入れてくれたことだ。他の皆は自分の部屋へ引き上げたので、ようやくジュンと二人きりなれた。ざまあみろ、ティエン。

「疲れたでしょ。でも、来てくれて本当にありがとう」

 ジュンと向い合せに座り、改めて真正面から見つめ合った。わずかな日数のうちに、ジュンはすっかりあか抜けて、まばゆいほど美しくなり、おまけに落ち着きを増している。もう、少女というより、若い女性と呼ぶべきかもしれない。

「親父さんとバシムから、くれぐれも無理をするなって言われてきた」

「うん、でもまあ、無理をしないと、改革なんてできないからね」

 ジュンはさっぱりとした態度で言い、いきなり核心に斬り込んだ。

「この部屋は一応、盗聴されていないと思う。されているとしても、メリュジーヌに対しては仕方ない。彼女は、あたしたちのことを調べ尽くしている。《タリス》のこともね。その上で、あたしを使えると判断しているんだ……エディのことも一緒にしてね」

 ぼくは数秒、理解に時間がかかった。《タリス》だって。中央の外れに位置する、遺棄された植民惑星。

「……まさか?」

 ジュンを手に入れようとした、シドのこと。その組織を乗っ取った、アイリス一族のこと。そして、ぼくの心臓に植えられた細胞のこと。口に出さずとも、ぼくらは視線で分かり合える。

「そうなんだ。あたしも驚いた。全部、知られているなんてね」

 だが、黒い瞳には、もはや怯えや不安はない。冷静な計算と、闘志があるのみ。

「でも大組織は、配下の系列組織の動きは、だいたい把握しているみたい。でなかったら、下剋上でひっくり返されるからね。アイリスたちにも、全て監視がついているらしい」

 そうなのか。人類を呑み込みかねないアイリス一族のことも知った上で、最高幹部会は、ジュンをずっと監視していたわけか。いずれ、大きな役目を与えるために。

 逆説的だが、むしろ安心した。そこまで知られているのなら……目先の抵抗など無駄だ。腹をくくって、ここに錨を下ろすしかない。もちろん、最初からそのつもりだったけれど。


   『レディランサー アグライア編』14章-4に続く

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