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【ショートショート】 夢を追う
姉のベッドにダイブする。
「やっぱダメだって言われた! 専門!」
高校2年の春。いよいよ進路について、親と先生と真面目に話す時期になった。枕に顔を打ちつけるくらい、憂鬱な時間だ。
妹がこんなに悩んでいるというのに、姉は頬杖をついたままでこちらを見ようとしない。枕に顎をのせてふて腐れても、だ。横目で見やれば、姉は学生時代から使っていた机に向かって、ただペンを走らせている。
「お姉ちゃんは良いよね。好きなことできて」
「売れないアマチュアバンドですけど」
姉は高校卒業から5年経った今も、バイトとバンド活動に明け暮れていた。家ではもっぱら作詞作業だ。私はそれが無性に腹立たしくて、足をばたつかせた。邪魔になればいいと思う。
「大学行きながらでも役者は目指せるでしょ」
「大学じゃ、役者の勉強できないじゃん!」
大声をあげると、思った以上に響いた。姉は頬杖をついた手で耳を塞いで、うるさいと伝えてくる。
「なんでも良いんじゃない? 役者になる人はなるし、ならない人はならないよ」
「私はなれる人になりたいの!」
枕を叩いて訴える。姉は変わらずペンを滑らせるだけで、こちらに興味を示そうともしない。
「お姉ちゃんに役者のことは分かんないよ!」
枕をベッドに叩きつけて、勢いのまま腰を下ろす。反動でベッドが波打った。投げつけそうになった枕を抱えて、姉を睨む。まるで母と相対しているようだ。
「大学行けば親もうるさく言わないでしょ。どうせ結婚して子供生めば、夢なんて言わなくなるって思ってるんだから」
聞き覚えのある言葉に、はっとした。
7年前のリビング。母に姉ともめている理由を聞いたとき、投げ捨てるように母が言った言葉だ。あの場には私と母しかいなかったはずなのに。
「知ってたの?」
「聞いてたよ。ま、好きにさせてくれるならなんでも良いやって、今は思ってる」
尻窄みになった姉の言葉に、思い出す。あの時の私は適当な相槌で返事をして、すぐに夕飯のメニューを聞いた。
思わず、息を呑む。姉と、目が合ってしまった。
「あんた体力あるんだから、勉強しながら役者目指せばいいじゃん。なれるかどうかも分かんないんだし。進学は将来の保険になるんじゃないの」
反らされた目に、思い知らされる。
私はあの時の姉とおなじ場所にいる。言葉は違えど、吐き捨てられるようにどうせ夢を諦めると言われた、あの時の姉とおなじ場所にいる。
私は甘えるように、枕に頬を寄せた。
「お姉ちゃんは今、幸せ?」
「微妙だよ。お金はないし、親はいつまで実家にいるんだってうるさいし、芽はでないし。でも」
「生きてるって感じる?」
言葉を遮った私に、姉は大袈裟なと言って笑った。なぜだろう。その笑い声に、胸が苦しくなった。姉を見やれば、依然終わらない作詞作業に勤しんでいる。
「楽しいよ。まだ」
「楽しくなくなったら、どうするの?」
「その時は結婚でもするんじゃない?」
姉は肩をすくめてみせる。
結婚なんて言葉、姉の口から聞きたくなかった。諦めると言ったも同然だ。私はすっかり友達になった枕に、顔を埋めた。胸の燻りが、徐々に静かになっていくのを感じる。
「する気、ないけど」
聞こえた言葉に、顔をあげる。
まっすぐにペン先を見つめる姉の目が、鈍く光っている。
身震いして、枕を落とした。空気が弾ける音がする。
「私、もう一回話してくる!」
扉越しに姉のいってらっしゃいが聞こえた。今はそれだけが応援の言葉だ。私は足音うるさく、階段を駆け下りる。
どれだけこの思いを伝えても、母は考えを変えないだろう。それでも私は、役者になると言い続けるんだ。
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