vol.20 大阪・豊国神社
「どうして、いつも裏口にたどり着いてしまうんだろうね」
「いつも同じ方向から来てるからやん。そら、同じところにしかたどり着かんやろ」
「なぜ違う道を行こうとしないんだろうか」
「お喋りに夢中やから違う?」
行き慣れてしまうと、足が勝手に向かう。喋っているとその慣れに気づかないまま進んで、当初の思惑とは別の道を進んでしまっている。なんて、ざらにあるものだ。
「なんやったら、ここから表門行けると思うで。行く?」
光子ことミッツは目の前に続く道を指しながら、何食わぬ顔で聞いてくる。
「ううん、ここから入る」
「あ、そう」
私たちはいつも通り、裏手に当たる入り口から入ることにした。
「まだ絵馬飾ってあるんだね」
「ああいうのって、一月中はあるもんやろ?」
手水舎までの道を、振り返りながら進む。拝殿には大きな絵馬が飾られており、新年の晴れやかさの残り香を醸しだしていた。
境内には私たちとお兄さんとおじさんしかおらず。往来で見かけた人たちはどうやら皆、大阪城を目的にしていたらしい。ランニングしていた人たちは違うだろうけど。
拝殿の前に立ち、私たちは手を合わせて軽くお辞儀した。先に頭を上げたのは私だった。
「何回参拝したら、うちは出世できるんでしょうか」
それを悟ってか、ミッツは言った。吹き出しそうになったのをこらえ、私は咳をして心を整えた。
「私たち大学生。大学生の出世とは何なのか」
「研究生?」
ミッツが一礼して参拝を終えると、首を傾げながらこちらを向いた。
「じゃあ、まずは卒業だ。一年生」
「ピッカピカの、一年生♪」
「もうピカピカではないけどね」
いきなりの鼻唄に、笑ってしまう。そのまま他愛もない会話をして、私たちは社務所に向かった。
「なんだろ」
「さあ?」
社務所では、なにやら巫女さんとおじさんが話をしていた。どうみても、にこやかな感じではない。
「瓢箪を使ってる理由はなんで?」
「豊臣秀吉公が馬印に瓢箪を用いていたためです」
「せやから、なんでなん?」
「いえ、ですから」
遠巻きに一方通行の会話を聞きながら、私たちは顔を見合わせた。
「ちょっと、待つ?」
「せやね」
私たちは一度社務所を通りすぎ、豊臣秀吉公の立像まで歩いた。そこから社務所の様子を覗き見ながら、待つことにした。
「まさか神社で出会うとは思わんかったわ。ほんま、神出鬼没やねんな。ああいう人って」
ミッツの呟きに、私は苦笑して相槌を打った。話し声は聞こえなかったが、巫女さんの顔がどんどんと難色を示していくのは分かった。そして口数が減り、愛想笑いが増えていったように見えた。その様子に、おじさんはさらに血気盛んになっていっているような。
数分過ぎた頃、巫女さんが奥に引っ込んだ。それを見て、なぜかミッツが動き出した。私はその後ろに続く。頭にはてなマークを浮かべながら。
ミッツは堂々とした足取りで、社務所に向かっている。社務所にはおじさんと、おじさんから少し離れたところにお兄さんが居た。物陰に隠れていて、見えていなかったようだ。軽く目礼をする。これで社務所に、参拝客が勢揃いした。
ミッツは窓口の脇においてあるお守りを手に取ると、私に見せてきた。
「このお守り良くない?」
「ミッツ!?」
驚きに、声をあげる。
「そういや、おみくじ。今日もやるん?」
「ミッツさん!」
大声になりすぎないよう、声を抑える。ミッツは楽しげにお守りを選び始めた。ソワソワする私なんてお構いなしだ。
少しして奥から祢宜さんが出てきた。その後ろには、さっきの巫女さんが居る。
「どうされましたか?」
祢宜さんの言葉に、おじさんの顔がぎゅっと歪んだ。
「もうエエわ」
そういうと縁に置いていた肘をのけて、おじさんは去っていった。私たちはその背中を見送る。
「う~ん、お決まりパターン」
「ミッツさん、ちょっとプレッシャーかけましたね?」
「そういうのも時には必要やろ?」
おじさんが傍目を気にする人で良かったよ。なんて、私は一人胸を撫で下ろした。普通のクレームなら、注目することは悪循環を招くと、バイト先で教えてもらったことがある。
男性が仕事のためにか、中に戻っていく。
「お先どうぞ」
「ありがとうございます」
ミッツは私たちよりも前に待っていたであろう、お兄さんに声をかけた。私たちはお守りを眺めながら、今度は気持ち良く待つことにした。
「おみくじ、どうするん?」
「やるよ!」
「お守りは?」
「今日は予定してない」
「オーケー」
お兄さんの御朱印を奥に預けた巫女さんが、優しい笑顔で声を掛けてくれた。私たちも笑顔で応え、あらかじめ用意していた御朱印張を巫女さんに渡した。
「御朱印お願いします。それと、おみくじも」