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後悔、再始動、そして不良は歩み出す

※上の作品とリンクしています。ご興味のある方は本編もどうぞ。


 
 【短編小説】

 
 「タンッ!」とスマホを叩く。これでだいたいの奴とは縁を切った。中には理由を聞く奴もいたが、説明がめんどくさくて「もう会わない」とだけ伝えた。しつこく付きまとってくることもないだろう。私の交友関係など薄っぺらい紙みたいなものだ。

「……マズいな。こいつの処分をどうするか」

手にはたばことライター。何度か吸ってはみたが、何が良くてこんなマズい煙を吸うのかわからなかった。男からもらった物だが、それも適当な付き合いで終わらせた。交際らしい交際もなく、ただ体だけを求められては何度も家に呼び出された。

「……チッ! 嫌なことを思い出した」

痛い思いをして得る物もなく、ただただ道具にされただけ。

「……あいつの一撃の方が余程こたえたぜ」

首元を押えて包帯を整える。たばことライターは素直に親に言って処分してもらおう。最近は家にも帰るし事情も説明したから許してくれると思う。「コンコン」と部屋の扉から弟の宏樹ひろきが入ってくる。

「……姉ちゃんは明日の準備で忙しいの」

宏樹が笑顔で目の前に座ってきた。そして防具を触る。

「少し……馴染ん……だ? 新……しい、防……具」

先日、同じ1年の八神やがみ日野ひのに連れられて、江頭武道具店えがしらぶどうぐてんで購入した真新しい剣道具。二度と縁がないと思っていた剣道の道具を私はもう一度購入した。

「お父……さんも……お……母さん……も喜ん……でい……た」

宏樹の擦れ声を聞いてて辛くなる。

「無理してしゃべんなくていいぞ。それに、もう寝る時間だろ……」

買って間もない防具はとても固い。なので少しでも手でいじっては体に馴染ませる。

「ほ……ら! あり……すお姉……ちゃん!」

宏樹が右手に小手をつけてグーで握る。

「……やめろよ。もうそんな年じゃないだろ」

昔は小手を買っては馴染ませるように宏樹と小手同士ぶつけ合い、ボクシングみたいなことをした。またそんなことをしたいのか今日の宏樹はしつこい。

「……ッチ」

仕方ないので私は左手に小手をつけて宏樹とグーで合わせ合う。「バシッ、バシッ」と言った具合に音が立つ。

「へへっ。また……剣道……始め……てくれ……て嬉しい」

宏樹がニコニコ笑顔でパンチしてくる。

「……んっ」

私は適当にパンチする。少し辛い。

(私の右手と左手は、本来は。本当は……)

宏樹が今度は竹刀を渡してくる。

「竹刀……も良……い感……じ! お……姉ちゃん……はやっぱ……そうで……なく……ちゃ!」

ギュッと強く竹刀を握りしめる。

(本当はこれを握ってなきゃいけなかった……)

後悔しても遅い。つい先日まで私は自分の右手と左手で人を殴り喧嘩していた。それも徹底的に。どこにぶつければ良いのかわからない憎しみや怒りや悲しみ。当然、殴れば殴り返される。口を切って血を吐いたり、まぶたを腫らしたことも一度や二度じゃない。舐められないよう地元の不良とも散々付き合った。警察に補導されそうになっては全力で逃げたし、中学時代は親も何度も学校に呼び出される始末。何より辛かったのが、私と宏樹とあいつの関係。

「明日か……ら夏……合宿だ……ね! 僕……もお父……さんと……お母さ……んと車……で見……にい……く予……定!」

嬉しさのあまりか宏樹が興奮してきた。そうなると声の途切れや喉に響いてしまう。

「もういい! しゃべるな宏樹」

背中をさする。「ゴメ……ン」と言い、呼吸を落ち着かせる。それでもその弟の笑顔はずっと見ていたい。

美静みせい……お姉……ちゃ………んも……一緒!」

その名前だけは聞きたくなかったので思いっきり宏樹を睨みつけた。

「なんであいつが出てくる!」

顔を合わせたくもない奴の名前を言われて腹が立つ。

「まさか、あいつとどっかで会ったりしてないだろうな! 宏樹!!」

今日一番の笑顔で部屋を飛び出していった。

「あっ! おい!! 宏樹!!!」

はらわた煮えかえる思いを弟が知る由もなく、私はその場で大きく息を吐く。幼少より一緒だった私たち3人。いろいろあって気持ちも離れたが、今こうして離れたものが少し近づいた。だが、それ以上に私の気持ちは高ぶっている。

雪代響子ゆきしろきょうこ。お前は私の目標だ。いつか必ずやられた『突き』の借りはかえす)

それまで、この喉の包帯は外さない。いや、外せない。自分自身が、私たち3人の関係に決着がつくまでは。

「ありす? 明日の準備はできたの? 朝早いんでしょ? もう寝なさい」

母親が心配して部屋の前に立つ。胴着を畳み、防具も片づける。最後に私は自分で書いた名前の竹刀をもう一度見る。

相馬そうまありす」

その竹刀を軽く素振る。ビュッと立てたその音は、私の再始動には相応しい音だった。


                 (了)

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