「手を動かしてまなぶ 線形代数」レビュー
本記事では、藤岡敦 著「手を動かしてまなぶ 線形代数」(裳華房)のレビューを書いていきます。この本を買おうか悩んでいる方の参考になれば、幸いです。
書籍の概要
理工系の大学1年生が、1年間で学ぶであろう線形代数の内容が取り上げられています。行列の基本事項からスタートし、対角化まで学ぶことができる本です。
高校数学が前提知識となりますが、大学受験の難問をすらすら解くような力量がなくても、この本を読み通すことは可能だと思います。
なぜ、この本なのか
大学の教養数学であるため、線形代数の本は、以前から多数出版されていると思います。私も、学生時代に数冊購入しています。
しかし、なかでも「手を動かしてまなぶ 線形代数」は、特に取り組みやすく、初学者に優しい本であると感じました。
恐らく、その理由の一つは「高校と大学のギャップを埋めよう」という、この本のコンセプトにあると思います。
高校数学の参考書は、「例題とその解き方」が紹介され、その後に「演習問題」が付いており、学び方としては「ひたすら問題を解く」というスタイルが多いと感じます。大学受験の勉強として「問題集を3周する」といったことをしていた人は少なくないのではないでしょうか。
一方で、大学からは、徐々に本格的な数学書を読んでいくことになります。本には「定義・定理・証明」などが中心に書かれており、「証明を精読する」などのトレーニングを積んでいきます。2~3ページ読むだけでも、数時間かかることは珍しくありません。
高校数学と大学数学は別物ということはないと思っていますが、大学受験の勉強として行う、一般的な数学の学習と、大学入学以降における数学の学習には、やや隔たりがあると感じ、私自身も、そこで躓いた経験があります。
この躓きは、「私の頭が悪いから」「私が数学に向いてないから」といった理由もあるのだと思いますが、同様の躓きを経験している人は少なくないようです。もしかすると、著者の方や出版社の方に、そういった実情への課題意識があったのかもしれません。
さまざまな配慮
「手を動かしてまなぶ 線形代数」には、高校と大学のギャップを埋めるためのさまざまな配慮がなされていると感じます。そのいくつかを列挙していきます。
黒だけでなく、青が使われている
まず、本を開いたときに感じたのは、その見易さです。黒と青の二色が使われているため、視覚的に、定理や例題、ポイントなどがわかりやすくまとまっているように感じました。また、3次元空間のベクトルや平面なども、二色で描かれているので、混乱しにくくなっています。
一般的に、数学書は黒字のみで印刷されていることが多いと思うので、この点に少し驚きました。
高校までの教科書や参考書はカラフルなものが少なくないので、初めて手にとる大学数学の本として、初学者が「まずはこれに取り組んでみようかな」と感じやすくなる効果があると思います。
もちろん、見た目上の問題で、内容自体には関係ないことかもしれませんが、本のデザインとして、良い工夫であると感じました。
演習問題の答えと詳細な解説がある
この本には、演習問題の答えと詳細な解説があるんです!!!
……と言うと、「何を当たり前のことを。演習問題の解答や解説は、ふつう本に書いてあるでしょう」と思う人もいるかもしれませんが、当たり前ではないのです。
数学書の演習問題には、解説がほとんどなかったり、場合によっては、答えすらも省略されていたりすることもあります。そのため、「答えが全部書かれていて、しかも詳細な解説まであるなんて……」という気持ちになるのです。
詳細な解説は、Web上に公開されているので、確認したい場合はスマートフォンやパソコンを開く必要があり、その点が不便であると感じる人もいるかもしれません。しかし、個人的には「すらすら悩まず解けるものは答えのみで良い」「本は軽い方が助かる」と思っていたので、Web上に公開されているスタイルは、大変助かりました。
例題がたくさんある
たくさんの例題が掲載されているため、この点がまさに「手を動かしてまなぶ」なのだと思います。さらに、各節の末には、演習問題があるので、大学受験などで使う参考書に、やや似たスタイルとなっています。
掲載されている問題は、計算があまり面倒にならない数値が設定されているため、行列計算が嫌いにならない工夫もなされています。
行間の場所を教えてくれる
数学の本には「行間」と呼ばれるものがあります。この本の序文では、行間について、以下のように言及しています。
数学の本を読む上で、この「行間」を埋めることが必要であり、重要です。しかし、私のような数学が苦手な人間にとっては、「行間を埋める」どころか、まず「行間の存在に気付かない」という事態が起こり得ます。
「何がわかっていないのか、自分でわかっていないし、そもそも『私はわかっていない』ことにも気づけていない」や「わかった気になっている」という状態であり、「行間を埋める」の前段階で躓いているのです。
この本では、そういった「行間に気づかない」を防ぐために、読者が見落としそうな行間には、マークがついています。さらに、公式ホームページ上では、マークのついている部分の「行間の埋め方」の例を紹介しているのです。とても教育的な本であると言えるでしょう。
こういった「行間に気づく」や「行間を埋める」トレーニングは、ゼミなどで先生や先輩などに指摘されながら、徐々に身につけていくことが多いと思うのですが、初期から練習できるのは、とても良いと思います。
空間についての解説
個人的に「ここが初学者にとって、とても良いところだろう」と、強く感じた点が「空間」についての解説です。
私自身、線形代数は「ベクトル空間がでてきてからが面白い(逆行列や行列式の計算はつらい)」と思っていたタイプですが、世の中には「ベクトル空間が出てきてから、わからなくなった」という人が少なくないようです。
「ベクトル=矢印」「空間=3次元(ユークリッド)空間」というイメージが強い人が多いと思うので、ベクトル空間と出会い、「多項式全体の集合はベクトル空間」などと言われ、混乱してしまうのかもしれません。
この本では、「空間」について、以下のように言及しています。
この一文を読むだけでも、救われる人がかなりいるのではないかと思います。
間違いを見つける勢いで精読する
私は数学が得意ではありませんが、曲がりなりにも、数学専攻だったので、「線形代数を初めて勉強する人」というわけではありません。
そのため、この本と、続編の「手を動かしてまなぶ 続・線形代数」を読んでいたときに、内容の誤りに気付くことがありました。
その際、X(旧:Twitter)で、著者の方に誤りを報告すると、感謝の言葉を頂くとともに、新規の指摘は正誤表に反映してくださります。私以外にも、Xで、誤りを指摘する方は、何人かいらっしゃいました。
誤りに対して、著者の方が、丁寧に対応してくださるので、読者としても「間違いを見つける勢いで精読しよう」と思えました。そういった双方向性が、この本に取り組む楽しさの一つとなっていたように感じます。
また、最新版の正誤表は、著者の方のホームページに掲載されています。
(正誤表)
さいごに
「この本を読み終えると、こんなことができるよ!」ということの一つを紹介した記事を掲載しておきます。高校数学の伏線回収として、人気のトピックです。
余談ですが、この本を読み始めたとき、わけあって身体の状態が悪く、そのせいか、思考力も落ちてしまい、「1時15分の40分前は何時何分でしょう?」といったクイズに悩んでしまうほど、頭が働いていませんでした。
そんななか、「好きで、無理なくできることをやって、少しずつ体力や思考力を取り戻そう」というモチベーションで、この本に取り組み始めました。最初のうちは、簡単な行列計算もままならない状態だったことを覚えています。
しかし、一度やり始めると、思いのほか楽しく、時間を忘れて問題を解いてしまい、確か1〜2ヶ月ほどで最後まで終えてしまいました。
何が言いたいのかというと、そのくらい取り組みやすい工夫のなされた本だということです。