【Physical Expression Criticism】二項対立を覆す社会性~風間サチコ
(上)展示風景。左『ディスリンピック2680』2018年、右『噫!怒涛の閉塞艦』2012年
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TCAA受賞展
風間サチコは、2017年の横浜トリエンナーレで、最も気になった作家だ。2018年、埼玉の原爆の図丸木美術館でも個展があった。そして、「Tokyo Contemporary Art Award(TCAA)2019-2021」で受賞した。この賞は、東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団東京都現代美術館トーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)が、海外活動に意欲ある中堅アーティストを対象に、2018年から実施しており、2組の受賞者に3年間の活動支援を行うもの。支援内容は賞金、海外活動支援金、展覧会、作品集、海外発信支援などだ。
今回、最初のTCAA賞、2019-2021の受賞者の風間サチコと下道基行の二人展が、東京都現代美術館で開催された。下道基行は、2019年のヴェネツィア・ビエンナーレで日本館の代表の一人で注目すべき美術家だが、ここでは、風間の作品について述べる。
(画像)『決闘!硫黄島(近代五種麿参上)』2017年
版画的でない版画
風間は、1996年に武蔵野美術学園版画研究科修了後、タカシマヤ美術賞、岡本太郎記念現代芸術大賞(TARO賞)などを受賞し、台北、ニューヨーク、ブリスベン、光州ビエンナーレなど海外でも展示されている。
風間の作品は、黒と白で、圧倒的に黒が強い。具象だが、描かれるフォルムが独特である。見ると、木版がベースの作品であることがわかる。だが、通常の木版画とは異なり、規模が大きい。100号以上のサイズ、数メートルの作品もあり、版画らしい掠れや木版刷りの雰囲気などを排除している。版画の技法を駆使しながらも、「版画的」ではなく、絵画的だ。マンガやイラストレーションにも似ているが、そこからもはみ出している。そして、版画の特徴であるエディションナンバー、何分の何といった表記がない。版画だが量産性を排除し、木版画の技法による一点ものの絵画作品だ。
(画像)『風雲13号地』2005年
風間の社会性
取り上げるモチーフ、テーマも「木版画」ぽくない。原発、戦争、オリンピックなど、社会的な要素があるが、プロパガンダぽくもない。デザイン的、構成的な画面から、問題意識が静かに浮かび上がる。
今回の展示では、戦争や原子力、オリンピックと優性思想、そしてその資料展示などから、風間の社会問題に対する関心がよくわかる。また、ロシア革命以前のプロパガンダのポスターも思い出させる。それは黒と赤が強く、ロシア構成主義とともに示されることが多いが、独特のデザイン的魅力がある。風間はそこに魅力を感じているのではないか。木版画には、貧しい人々がビラ(チラシ)やポスターをつくった歴史もある。それは60年、70年安保時代に、活動家がガリ版でビラをつくっていたことを思い出させる。
(画像)「風間サチコ作品制作資料」
「風間サチコ作品制作資料」として展示された当時の雑誌などや、後に述べる「魔の山」の部屋の展示についても、この一種レトロといえる感覚、嗜好が見え隠れする。
他方、風間の描き方は、SF的にも見える。建物などを曲線、弧や直線で構成して、ソリッドな感覚も感じさせる。その意味からいえば、新しいポップとも感じる。この黒白の世界に色彩をつけたら、相当ポップに見えるはずだ。風間は、そんなポップな視線も持ち合わせている。
つまり、木版画という伝統技法を使いながら、レトロポップともいえる作品を生みだしているが、そこには強い社会問題意識が見えている。9・11と3・11以降、美術において社会問題を示す動きが新たに起こったが、なかでも注目すべき存在ではないだろうか。
(画像)『ツァウバーベルク』2021年
魔の山と闇
黒と白はあらゆる色の基本であり、黒の中にはさまざまな色が含まれている。闇にもすべてがとけ込んでおり、また、闇の中で目を凝らすことで、見えてくるものがある。それは自己の思考でもあり、他者の闇に触れることでもある。また、光の三原色からは、すべての色を合わせると白になる。
今回の風間の展示で、一室は壁も真っ黒、暗い中でキャプションも黒地で読みとりにくく、目を凝らすことが強いられる空間となっていた。これは、作品をしっかり目を凝らして見て、考えてほしいという風間の思いの反映だろう。
ここが、今回の新作テーマ「Magic Mountain」の部屋である。巨大な『ツァウバーベルク』(2021年)は、ドイツ語で「魔の山」を意味する。トーマス・マンの『魔の山』は、青年ハンスが高地のサナトリウムですごす7年間を描いたものだ。感染症の結核で逼塞して過ごす変わらぬ日常。これは、コロナ禍の私たちの状況にも似ている。
風間ヒロコは、TCAA賞の受賞でドイツ取材の予定が、コロナで行けず逼塞していたときに、小説『魔の山』に出会う。そして同じく最近聞き込んでいたディートリッヒ・フィッシャー=ディスカウのシューベルト歌曲から、『菩提樹』の歌詞がハンスの最後に口ずさむ言葉だと知り、新作のテーマになるのだ。
(画像)「肺の森」シリーズ。左から『LUNGENWALD』、『Ypres fog』、『産業の山脈』2021年
感染症と戦争
最初に風間の会場に入ると、すぐ目につくのが、描かれた新幹線、噴火する富士山と女性の『不死山トビ子(復活)』(2019年)だ。これは、下に版木を伴う作品で、版画の表裏、反転性を示している。そして『国民的アイドル(富士山)』(1999年)、溶けた樹海のような『もう森へなんか行かない』(2001年)と「Magic Mountain」のロゴや、鉱山がセメントで墳墓になる過程を描いた9点の作品『セメントセメタリー』(2020年)などが「魔の山」の部屋に導いてくれる。
その部屋の「魔の山」たる『ツァウバーベルク』も水に映る反転した状態を示している。これは、版画の逆転、黒と白、さらに世の中のさまざまな黒と白、二項対立をも示しているのだろう。同じ部屋にある「肺の森シリーズ」の6点は、結核の象徴である肺を樹木として示しつつ、戦車や軍人が描かれており、ハンスが結核のサナトリウムの「魔の山」を降りるきっかけが、第一次大戦で招集されたことが重ねられている。それは、コロナ禍に対する、オリンピック・パラリンピックを想起させるだろう。なお、その一枚、二台の戦車が肺を示す『Ypres fog』(イープルの霧)は、1917年にドイツがマスタードガスを使用した化学戦の場、ベルギーのイープルで、イペリットガスの名の元だという。
(画像)『ディスリンピック2680』2018年
問題提起と共有
『ディスリンピック2640』のブルドーザーで捨てられ、セメントで流される人々、『噫!怒涛の閉塞艦』のキノコ雲、『風雲13号地』の戦艦上の東京ビッグサイトとフジテレビなど、作品に描き込まれたさまざまな事物や事柄は、風間の抱いた問題意識を反映している。だが、風間自身、インタビューなどで、何かを主張するものではないという。反なんとかといったくくりに陥ることは、単純な二項対立、さらに譲らない対立関係を生みがちだ。そこに陥らないためにも、あくまで疑問を呈することの意味をとらえてほしいのだろう。風間の作品の社会性は、そういう問いかけとして、美術と社会の関わりのあり方を示す一例だろう。それは、トーマス・マンの示したものでもあるように思える。マンは1920年代、反民主主義から民主主義に転じた。そして、第二次大戦時は、反ナチスを貫いた。
だが、それだけでなく、この黒と白で描かれた風間サチコの世界には、強い偏執も感じられる。「魔の山」の部屋の闇に触れると、彼女の深い混沌、闇も感じられる。二項対立という客観視できる言葉の世界ではない、強い闇自体も、彼女の魅力のように思えるのだ。それは何か。今後の作品が明らかにしてくれるかもしれない。
TCAA賞の2回目である2020-2022の受賞者は藤井光、山城知佳子で、2022年3月19日~6月19日に受賞展が予定されている。藤井光も、2021年の5月から6月にかけて、丸木美術館で個展が開催されていたことを、付け加えておく。
data:Tokyo Contemporary Art Award 2019-2021 受賞記念展
2021年3月20日~6月22日
東京都現代美術館
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志賀信夫
Nobuo Shiga
批評家・ライター
編集者、関東学院大学非常勤講師も務める。舞踊批評家協会、舞踊学会会員。舞踊の講評・審査、舞踊やアートのトーク、公演企画など多数。著書『舞踏家は語る』(青弓社)共著『美学校1969~2019 』『吉本隆明論集』、『図書新聞』『週刊読書人』『ダンスワーク』『ExtrART』などを執筆多数。『コルプス』主宰。https://butohart.jimdofree.com/