喉の渇き
女は喉が渇いていた。
水や珈琲を欲していたわけではないので、
正確には心地よい酔いが欲しくて、喉が渇いていた。
女はウオッカが好きだった。
不純物を徹底的に取り除いたお酒。
海水から塩の結晶を取り出したかのようなそれは、
太陽の光に当たると宝石のように煌めく。
純度の高いその思考は、言葉で物事をこねくり回したり、美辞麗句で飾ったりしない。
浅はかな自我が作り出した私の言葉らしきものたちを、上から嘲笑い、どこかへ消える。
高熱ともいえる40度のウオッカをひとたび飲めば、己の醜さを炙り出す。
残った灰に何が残るのか?
宝石はやがて鋭い刃となり、私を串刺しにする。
その肉体に宿る魂は成仏できるのか?
女は喉が渇いていた。
ジンを一口、口に含んだ。
あらゆることに興味を持つジンは、束の間の享楽的な刺激と時間をもたらした。
だけど喉は潤わない。
シングルモルトを飲もうとした。でもやめた。
自分はそれを飲むに値しないのではないか、と卑下した。
段々と何を飲んだら、心地よい酔いが訪れるのかさえ、わからなくなってきた。
焼酎を一口、口に含んだ。
そっと棚にボトルを戻した。
ビールを飲もう。
ラガービールを。男性的でわかりやすいビールを飲もう。
ごちゃごちゃ色々考えるから、わからなくなるのだ。
本当はベルギービールにしたいけど、これもウイスキーと同じく、自分は今は飲むに値しない、醜い姿を晒してしまうのではないかと、冷蔵庫に戻した。
久しぶりにラガービールを飲もう。
ビールは全力で私を受け入れ、甘やかす。
「こんな女神は今まで見たことがない」とばかりに歓待する。
久しぶりに飲んだビールは美味しかった。
お腹がいっぱいになり、「あー、これで満たされる」と安堵した。
2杯目も飲んだ。
「案外いけるもんだ、ウォッカじゃなくていいんじゃない?」と女は思った。
でも3杯目は飲めなかった。
お腹がいっぱいだった。でもビールは私にずっと優しかった。
アルコール度数でお酒を考え出していた。
美酒ではなく、ただアルコールを摂取していた。
やっぱり喉が渇く。
そして結局、呆れるほどもっと強く
ウォッカを求めてしまう。
自分が情けなくて泣けてきた。
白樺炭で濾過したその酒に、香味はほとんど感じないはずなのに、その奥底にほのかに漂う匂いを一人見つけて、報告したくなる。
ウォッカはそして「それはまやかしだ」と嘲り、また私の前から消える。
いっそのこと、その純度の高い知性に串刺しにされてしまいたいとも思うけれど、
そんな願いさえも愚かだと笑われるのだろう。
女は喉が渇いていた。
ウォッカはどうやっても手に入らない。
いや、正確には目の前に出されたら、間違いなく手を出し、
熱い液体が喉を燃やすように通り過ぎたら、また喉が渇く。
永遠に手に入らない。
そうだ。
「本搾り」を飲もう。
余計な香料も苦手な人工甘味料も入ってない。果汁とウォッカだけの酒。
ウォッカでついつい濃いめのお酒を作って痛い目に合うぐらいなら、
「本搾り」に癒されよう。
束の間、女は潤った。