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バーボンな男
今夜はバーボンの恋の話をしよう。
バーボンウイスキー。主にアメリカのケンタッキー州で作られ、原料にトウモロコシを51%以上使わないと、その名を名乗ることはできない。
大麦麦芽(モルト)しか使ってはいけないモルトウイスキーとは異なり、トウモロコシのほんのりとした甘みと、ライ麦や小麦などのまろやかさで、多くの人に愛される味わい。
バーボンはやっぱりかっこいい。
メイカーズマークなんて、赤いロウで一本一本手作業で封をしてたというストーリーを今でも大事にしてるし、特別感を演出するのに長けている。実際、随分昔にメイカーズマークの当主が来日したイベントに参加したのだけど、当主は、LEONに出てきそうな、スーツをばりっと着こなしたちょいワル親父。朝まで溶けるまで一緒に飲みたいって思ったのは、会場の中で私だけではなかったはずだ。帰りにもらった、ロウの赤いコースターは今も、私のハイボールの下にある。
バーボンは、バーで特に寵愛されている。シングルモルトは好みが強く、ピートが強烈なラフロイグやボウモアなどのアイラモルトは、圧倒的に男性に支持されている。だいたいそんな強烈であれば、単体で飲むしかない。それに対して、バーボンは汎用性の高い味わいから、ハイボールやカクテルなどでも使えるからだ。
実際、バーボンは多くの女を抱いた。バーテンダーが地球のように美しく削った大きな丸い氷も、美しい天然水も、レモンやライム、ミントなどの新鮮な果実やジュースも、気の強い炭酸や家庭的で暖かいお湯も、どんな相手でも、うまく立ち振る舞えた。優しくスタイリッシュにリードできる包容力に、ユーモラスさと子供っぽさを持ち合わせて、多くの女が彼に落ちた。
ところがある日事件が起こる。
バーテンダーが誤って、一滴のシェリー酒をバーボンに垂らしてしまったのだ。それがミスだったのか、意図的だったのか、はたまた、お酒の神、バッカスのいたずらだったのかはわからないけれど、とにかく、一滴、垂らしてしまった。
たった一滴。
普段のバーボンだったら、何も気にとめる事もなかっただろう。いや、そもそも、他のアルコールと混ざり合う事もないから、やはり衝撃だったのかもしれない。ただ思うに、全てがうまく行っている一方で、これは全て幻で、明日には全てが終わるのではないかー。バーボンにはそんな小さな不安の穴があった。糸が通るか通らないかわからない、小さな小さな穴。シェリーの一滴がスルリとその穴に入ってしまったのかもしれないのではないか、と。
バーボンはひどく狼狽えた。
遠い記憶の中で覚えている、この甘い感じはなんだろう。どこかベールをかぶったように神秘的で、だけどどこか新鮮なシェリー酒とは一体なんだろう。こんなに肌が吸い付く感じはどうしてだろう。この香りがする樽で、俺はずっと眠っていたのかもしれない。
ここでウイスキー好きは気がつく。バーボンはホワイトオークの新樽に内面をチャー(焦が)したもので2年以上熟成しないと、バーボンとは名乗れない。つまり、シェリー樽で熟成された記憶などないはずだと。
もしかしたら、それはほんのわずかブレンドされた麦の奥底にある、前世の記憶なのか。本能的にウイスキーの原料となる穀物は、それがとうもろこしであろうと
モルト(大麦)であろうとブドウに、いやワインなのにワインっぽくない、不思議な酒、シェリー酒を吸った樽を求めてしまうのか。
私にはわからない。
とにかく、バーボンは狂ったようにシェリーを求めた。シェリーの前ではいつものかっこいいバーボンでいられないほど、嫉妬する姿を見せたりした。今まで味わったことのない、「相手じゃなく自分が振り回される」という状況に困惑した。
そしてバーボンはふと気がつく。スコッチのマッカランのように名だたるモルトウイスキーがシェリー樽をずっと長い年月抱いているということを。バーボンウイスキーはシェリー樽を抱いていないことを。
運命を呪った。極上の氷も水も、美しい果実も、刺激的な炭酸も、もはや色褪せて見えるようだった。ただそれは、あくまで、彼にとってのことであり、バーではいつものスタイリッシュな彼だった。
人生わからないことばかりだ。
もしかしたら、シェリー酒だと思っていたその一滴も、魅惑的なラムだったかもしれないし、もしかしたら清楚な日本酒だったのかもしれない。もしかしたら、お酒だと思っていた一滴は、ただの水だったのかもしれない。
ただ私にわかるのは、バーボンがその一滴で恋に落ちたということだ。
バーボンがシェリー酒に恋に落ちようが、芋焼酎と戯れようが、ワイン美女をはべらそうが、本当はどうでもいい。それによって、不思議な魅力が溢れてくれて、私を楽しませてくれるなら、それでいい。
美味しいお酒を楽しむのが私の幸せであり、官能的な楽しみだから。
飽きるまで、とことんシェリーに溺れなさい。
ただ、あなたが人気者のバーボンということだけは忘れないで。
それさえわかっていれば、いくらでも溺れたらいいと思うわ。
もしあなたのその恋が終わる時が来たら、しょうがないから朝まで飲むの付き合ってあげる。どうせ、私の10分の1ぐらいの量で酔い潰れちゃうんだろうけどね。
しょうがないな。