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一瞬のモテ期、再び
先日、謎のモテ期(一瞬)についての記事を書いた。バスの中でふたりのおじいさんから隣に座るようお誘いを受けた話だ。
不思議なことに、その翌日、隣町まで散歩した帰りのバスでも似たようなことが起こった。今度はおばあさんだ。
その日もたくさんのご高齢の方が利用されていて、いわゆるシルバーカーとともに乗り込む方も多かった。
バスの中央入り口後方の二人がけの椅子に座っていた夫と私。通路側にいた夫は席を立って乗車を手伝い、入り口正面の広くなっているスペースの座席まで案内していた。
途中の小さなバス停でもひとりのおばあさんが乗ってきた。
こちらはシルバーカーではなく、キャビンサイズのスーツケースをお持ちだ。
かなりの重さがあるらしい。夫がまた出動し、スーツケースを引き上げ、おばあさんに手を差し出す。おばあさんは一瞬ハッとした表情を見せたが、その手を握ってステップを上がった。
すでに入り口正面のスペースは満席だったため、夫は自分の座っていた一段高くなっている席(私の隣)におばあさんを案内した。
発車するときに大きく揺れたバス。私は夫から引き継ぐ形でおばあさんを支えて座らせた。
どうもアジア出身の方らしい。私の顔を見ると満面の笑みになり、腕を絡めて手をつないできた。
ところが。
その方、なんというか...…ホームレス風なのだ。いや、住まいはあるのかもしれないが、とにかく「数日」という単位を遥かに超えて入浴されていないと思われ、爪は大袈裟ではなく2cm近く伸びている。足元は日本で最近ブームが復活しているらしい白いルーズソックスのようなものにクロックス風のサンダル。
スーツケースは斜めに通路を塞いでいてかなり邪魔になっている。
と、ちょうど座席前に設置されていた小型のゴミ箱にサンダル履きの足を上げた!
わりと高さがあるので、その姿には「ヤンキーみ」が漂う。
車内には独特のにおいも充満しはじめ……
入り口近くなこともあり、乗ってくる客の視線がいちいち刺さる。うぅぅ。
スーツケースを跨いで通る乗客はみな何か言いたげではあるものの、おばあさんの醸す圧倒的な雰囲気に何も言わない。私は腕を固定され、手をつながれたままだ。
さりげなく手を外すこともできなくはなかったもののそうせずにいたのは、後ろから腕を取って手をつなぐ一連の動きが、歩くのに難儀する義母のそれと同じだったからだ。
正直に言うと、「早く、早く着いてくれーー」としか考えていなかった。それでもどこかに謎の義務感というか、「この時間だけは付き合おう」という一片の思いもあったのも本当だ。浅はかな義侠心かもしれないけれど。
やっと最寄りのバス停に着いた。降りるときに周りの乗客の「え?」という表情が見える。
「この人、連れじゃなかったんだ」なのか「置いていっちゃうわけ?」なのか、他人の心の内は知る由もないが、夕方の風は心地よく、私は私の居場所に戻った。
ひとはさまざまな事情でさまざまな生活を送る。おばあさんが不幸であると決めつけることはしたくない。ただ彼女の納得する彼女の居場所があることを祈っている。