1人目マーケターがマーケティング組織の立ち上げ時に取り組んでいること
これまでは比較的規模の大きいマーケティング組織のお手伝いをすることが多かったのですが、最近はマーケティング組織を立ち上げるお手伝いをすることも増えてきました。プロダクトや組織体系、流通チャネル等によっても取り組み方は様々だと思いますが、僕なりの取り組み方が固まってきた気がするので、整理してみたいと思います。(8,000字ほどあります)
イメージしている1人目マーケター
本記事で想定している1人目マーケターは下記のような方になります。
・5人〜30人くらいの組織における最初のマーケター(将来のCMO・マーケティングディレクター候補)
・プロダクト / サービスが存在していて最初の顧客がいる状態
・初期は4P / 4C全体ではなく、プロモーション / コミュニケーションが中心業務
・BtoC / BtoBは問わない
・スタートアップ / スモールビジネスは問わない
目標と意識していること
組織に参画してから3ヶ月〜半年以内にマーケティング体制の土台を整備して改善のサイクルが回り始めること、経営陣がマーケティング投資について判断できる情報が集まっている状況を作ることを目標としています。
スピード重視の突貫工事、でも作ったものは資源として長期間しっかり残ることを意識しています。また1人目のマーケターといっても求められるのはマーケティング業務だけではない可能性があります。場合によってはセールスやCS担当者がいないことも。顧客獲得から継続利用、推奨者の増加まで自身でできることは何でも取り組むことを意識しています。
1. まずは知ることから
マーケティング予算に限りがあり、調査にお金をかけることが難しい場合もあることからデスクリサーチ(既存の調査結果やソーシャルリスニングなど)を中心に進めていきます。リサーチは無限に時間を使えてしまうので、市場・競合・自社に絞って短期間で行うように心がけています。
市場
自社プロダクトがどの市場から売上を獲得しようとしているのか調べます。市場規模・対象顧客数の算出と、対象顧客が抱えている課題・求められているニーズを発見します。まだ市場が存在しない場合やベネフィットベースの市場を選択する場合もあるかと思いますが、立ち上げ時は既に存在する製品市場を調べるようにしています。
競合
市場を定義したら競合となる可能性があるプロダクトを全て洗い出します。主に見ているポイントは提供商品・市場シェア(顧客数や売上の場合も)・選ばれている理由・訴求しているメッセージ・実施中のコミュニケーション施策です。メッセージや施策はWebサイトや出稿している広告などから調べています。
自社
自社の分析は一般的な3C分析とは少し異なり自社顧客に絞って行っています。顧客へのアンケートやインタビューといったデータがある場合はそちらを利用し、無い場合はデータを取得することから始めます。競合ではなく、なぜ自社プロダクトが選ばれているのかの一点に絞って調べています。
2. 目的はシンプルに、戦略は必要最小限に
デスクリサーチで必要な情報が揃ったら、事業計画を元にマーケティング目的を定めます。立ち上げ時の目的は新規顧客の獲得になる場合が多く、SMACの考え方で目的を定めています。
SMACというのは、Specific(具体的)、Measurable(測定可能)、Achievable(達成可能)、Consistent(一貫性がある)をつなげた単語です。場合によっては、MがMeasurable(測定可能)ではなくMethodological(方法論の明示)とすることもあるようです。また、AはAchievable(達成可能)と同じ意味のAttainableと説明されることもありますが、Agreed(合意された)と変化することもあります。
https://digiday.jp/brands/smac-otobe/
ブランド戦略・マーケティング戦略・コミュニケーション戦略といった戦略はじっくり時間をかけて立案したくなりますが、立ち上げ時はスピードを優先したいので必要最小限の要素のみ定義するようにしています。
必ず定義する要素
・ターゲット市場
・ターゲット企業 / ユーザー属性
・ベネフィット(機能的・情緒的)
・ポジショニング(差別化ポイント・同質化ポイント)
ブランドパーパスなども定めたいところですが、立ち上げ時に定めたものは短期間で大きく変わる場合があります。しっかりとした戦略は1年後〜2年後。ある程度体制が固まって一定の予算を確保し、データも貯まったタイミングで改めて立案します。
3. コミュニケーション施策の洗い出し
実行するか否かはさておき、考えられるコミュニケーション施策の候補を全て洗い出します。この際、リサーチした競合が実施中のコミュニケーション施策が役立ちます。一般的には下記のような施策が考えられると思いますが、イベントであればどんな展示会に出展するのか、PRであればどんなメディアに露出できると理想なのか、具体的に洗い出していきます。
直接競合に当たらなくても、同じビジネスモデル(BtoB SaaSやD2Cなど)を採用しているブランドのコミュニケーション施策も参考になります。
4. データ活用の準備
Webサイトが既にあってデータ取得や蓄積ができていない場合は、取り急ぎツールの導入・タグの設置だけでもすぐに行います。最終的にはDMP/CDP等のツールも検討したいところですが、まずは無料で始められるところから。リターゲティングタグはすぐにリターゲティング広告を配信しなくても、いつか配信するタイミングがくるかもしれないので、とりあえず入れておくようにしています。
この際プライバシーポリシーの見直しや新規作成が必要になる場合があるので注意が必要です。タグ周りはコードを直接触らなくて済むようにタグマネージャーで管理するようにしています。とりあえず入れているツールや設置しているタグは下記です。
・Google Tag Manager 等のタグマネージャー
・Google Analytics 等のアクセス解析ツール、ヒートマップツール
・Google Search Console
・Google / Yahoo / Facebook 等の各種広告タグ
5. 実施するコミュニケーション施策の選定と実行
洗い出したコミュニケーション施策の中からリソース状況を考慮して優先順位を付け、着実に実行していきます。実行する際には下記のようなことに気をつけています。
5.1. 最短距離の勝ちパターンを見つける
仮に資金調達などを行い比較的潤沢なリソースがある場合、いきなりIMC(統合マーケティングコミュニケーション)に取り組みたくなってしまうこともありますが、複数の施策を組み合わせることなく、可能な限り少ない施策で目的を達成できる、最短距離の勝ちパターンをいち早く発見することを意識しています。
例えば、BtoB商材でリスティング広告とLPだけでも十分なリードを獲得できるかもしれませんし、BtoC商材でInstagramとShopifyだけで集客から購入まで完結できるかもしれません。複数の施策を組み合わせることを避けるのは効果検証する際の変数を極力減らしたいという理由もあります。
テレビCMや交通広告等で大々的にプロモーションする場合もあるかもしれませんが、そのような予算がある場合でもデジタルを中心とした小さな施策で勝ちパターンを見つけ、そのコミュニケーションで一気に拡大する方がリスクが少ないと考えています。勝ちパターンを発見するにあたって気をつけているのは下記2点です。
・どんなメッセージを訴求すれば目的(初回購入や問い合わせ)としている態度変容が起きるのか
・目的とする態度変容まで初めて接触した段階から何回の態度変容が必要なのか
自分自身が友人にプロダクトを薦めるとして、自信を持ってどのように伝えるかをイメージするようにしています。
5.2. 効果が出るまでの時間を考慮する
「潜在層より顕在層ターゲット」や「SEOよりリスティング広告」など、コミュニケーション施策には効果を判断するまでの最適な時間が異なる選択肢があります。短期的に取り組む施策と中長期的に取り組む施策はどちらも重要ですが、まずは短期間で効果が判断できる施策から取り組むようにしています。
例えば同じオウンドメディアでも、SEOを狙ってWordPressで一からメディアを立ち上げるよりも、noteを活用してSNSと組み合わせながら拡散を狙ったほうが早く効果が出る可能性があります。一方、中長期的にはWordPressでメディアを立ち上げた方がストック型のコンテンツとして大きな資産になることも考えられるため、最初の施策としては選ばなくても3ヶ月〜半年後の改善のサイクルが周り始めた頃に検討することもあります。
5.3. 受け皿を用意する
何かしらの手段で訴求を始めるとメッセージがターゲットに届き、ターゲットが興味を持ち、自分から検索等を行って情報収集をする可能性があります。そのため広告やSNSで露出する前に受け皿となる施策を必ず準備するようにしています。
検索エンジン
GoogleやYahoo!で検索した際のファーストビューを最適化します。LPやECサイト・ブランドサイトといった自社サイト、noteやPR TIMESといった外部ドメインのオウンドメディアなど、自社で内容のコントロールが可能なサイトが上位表示されることを目指します。後述するGoogleマイビジネスへの登録も行います。
地図エンジン
コーポレートブランドや店舗があるブランドの場合はGoogleマイビジネスに登録しMEO対策(マップエンジン最適化)も行います。
SNS
TwitterやFacebook、Instagram等で検索した際、公式アカウントが見つかるようアカウントを開設します。定期的に更新されていることが好ましいですが運用リソースが避けない場合は自社サイトへ誘導できるようにプロフィールだけでも設定します。
5.4. コンテンツを流用する
コミュニケーション施策で作成するコンテンツは資産であり、コンテンツ作成への投資を最大化するため、事前に流用する方法を検討してから作成します。
コンテンツ活用例
①自社ウェビナーやイベントを実施
②実施後に内容をホワイトペーパー化&アーカイブ動画も公開
③オウンドメディアで要約版記事を公開。ホワイトペーパーダウンロードやアーカイブ視聴希望者向けの個人情報取得フォームへ誘導
④SNSで記事を告知
⑤SNSで告知したメッセージを使ってSNS広告配信
5.5. 一貫性を持たせる
自社サイトやSNSなどでブランドの紹介などをすることが多いかと思いますが、各サイト・サービスで紹介文が微妙に違っていたり、オフィスや店舗移転後の住所が古いままだったりすることが意外とあります。ブランドの確立には一貫性が重要だと考えているため、発信するメッセージには注意するようにしています。
6. 顧客理解に繋がる情報の取得設計
マーケティングにおいて最も重要なのは顧客理解だと思っているので、コミュニケーション施策の実行と同時に顧客理解に繋がる情報の取得設計も行います。
BtoBであればセールスやCSの方にお客様へヒアリングしてもらいたい項目を事前にお伝えして情報が共有される仕組みを作ったり、BtoCであれば顧客アンケートやソーシャルリスニングを行ったりします。MAなどWebサイト内の行動履歴を追えるツールを入れることができれば顧客がどのようなコンテンツに興味を持っているのか知ることができます。
マーケティング活動を通じて顧客理解ができれば、経営陣や事業責任者など、事業全体へのフィードバックを行うことも可能となり、ビジネス全体の成長に大きく寄与することができると考えています。
7. レポーティングフォーマットの作成
マーケティング活動全体の効果を定期的に把握するためのレポーティングフォーマットを作成します。あくまで現状をわかりやすく組織内に伝えるためのもので、各施策の成功失敗要因の分析などは別途細かく分析して仮説を出します。マーケティング目的とKGIをベースに必要最小限のKPIのみ週次と月次で計測する場合が多いです。
CRISP SALAD WORKSが公開しているCRISP METRICSのような指標は非常にわかりやすく参考にさせていただいています。
CRISP METRICS
https://datastudio.google.com/u/0/reporting/01c05c49-dbc4-464b-aa9a-0a9ff0b97e7b/page/RrEJC
8. 自動化・最適化のためのツール検討と導入
コミュニケーション施策でも情報取得でもレポーティングでも最初は自分の手を動かしながら調整を行い、フローやフォーマットを固めていきます。ある程度固まったタイミングで工数削減を目的とした自動化や効果向上を目的とした最適化に着手します。
WebサイトではCMSやWeb接客ツール、A/Bテストツールの導入、顧客コミュニケーションではMAやメール配信ツール、SNSではアカウント管理ツールやソーシャルリスニングツール、データ管理ではDMP/CDPやダッシュボードツール、広告では最適化ツールやアドベリフィケーションツールなどを検討します。
マーケティングテクノロジーカオスマップJAPAN 2021
https://www.underworks.co.jp/download/wp-chaosmap-2021/
近年マーケティング関係のツールは多種多様に存在するため、用途に合わせて複数のツールを導入することが多いです。その際は導入コストや維持コスト、将来的な機能不足により乗り換えコストなどのコスト、導入するツール同士の連携の容易さ、ツール利用時の学習コストなどを踏まえて慎重にツールの組み合わせを検討していきます。
半年でここまでが目標
ツール導入については導入するツールによって別途開発が必要な場合などもあり間に合わない可能性もありますが、半年以内に下記の内容ができるようになっていることを目指しています。
・コミュニケーション施策で1つ以上の勝ちパターンが見つかっている
・コミュニケーション施策で受け皿がある状態にある
・コミュニケーション施策でコンテンツ投資が最大化できている
・顧客理解に繋がる情報が定期的に入ってくる状況にある
・マーケティング活動が週次 / 月次でレポーティングができている
・データ活用に最低限必要なツールが導入できている
・自動化 / 最適化のツール選定に着手できている
どこまで内製化(インハウス化)する?
1人目のマーケターといっても、上記のような取り組みを全て1人で完結するのはなかなか難しく、外部パートナーとの連携は不可欠だと感じています。また次々と社内にマーケティング人材を抱えるのも、まだマーケティング体制が固まっていない立ち上げ時ではリスクに感じることもあり、僕は下記のような業務は外部パートナーの方にお願いすることが多いです。
クリエイティブ制作
クリエイティブの質によって効果に大きな差が生まれることが多いため、Webサイトやバナー制作、動画作成、VI設計といったクリエイティブ関連の業務はデザイナーさん、クリエイターさんにお願いすることが多いです。自分ではコミュニケーションのプランニング、Webサイトの場合はワイヤーフレームまで担当するようにしています。
ライティング
ライティングは時間がかかることが多いため、コンテンツマーケティングを目的とした記事の執筆はライターさんに依頼することが多いです。自分では企画案の作成、WebサイトのライティングやSNS投稿などを担当するようにしています。
システム構築・データ分析
高度なスキルを必要とするシステム・アプリ構築や機械学習等を活用した複雑なデータ分析は自分で出来ないため、エンジニアさんやデータサイエンティストさんに依頼することが多いです。自分ではノーコード・ローコードで開発できてしまうシステムやEXCEL・スプレッドシートを活用したデータ分析などを担当するようにしています。
広告出稿・広告運用
デジタル広告の場合は月額予算が100万円を超えたあたりから運用代行を検討することが多いです。またテレビCMや交通広告等も出稿するようになった場合はデジタル広告含めて、広告出稿を包括して依頼できるエージェンシーを検討します。自分では少額のデジタル広告出稿・運用の場合に、リスティング広告・ディスプレイ広告・SNS広告を活用して運用するようにしています。
一方で下記のような業務は自分で行うことが多いです。
・リサーチ(デスクリサーチ)
・戦略を含めたマーケティング全体の方針策定
・各施策のプランニングと可能な限りでの実行
・施策を外部パートナーに依頼した際のディレクション
・施策終了時のレポーティングとレビュー
・マーケティング活動全体のプロジェクトマネジメント
なお、最近はコンテンツマーケティングやPR、広告運用など、各領域のプロフェッショナルの方々が副業をされている場合があり、そういった方々に業務委託でお願いすることも増えてきました。
1人目マーケターとして、あって良かったスキルや経験
僕自身まだまだマーケターとしては経験不足を感じることも多いですが、1人目マーケターとして参画する際、あって良かったと感じるスキルや経験(レベル感は別として…)は以下の6つです。
ブランドマーケティング
ブランドは日々の活動の積み重ねで構築されるものだと考えており、マーケティング活動の初期段階から常にブランドを意識して行動することはブランド・エクイティを築くことに繋がり、中期的に大きなアドバンテージになると思っています。
リサーチ
一般的な定量調査・定性調査の知識と経験に加えて、参考になる既存の調査結果を発見したり、ソーシャルリスニングからインサイトを発見したり、他社の成功事例を見つけたりといったデスクリサーチのスキルは重要だと感じています。経験がない施策でもリサーチを行うことで、ある程度のノウハウを得て失敗確率を軽減することができると考えています。
Webサイト制作
立ち上げ時の施策はWebサイトが中心になることが多いと感じており、WebサイトをWordPressで構築する経験や、HTML&CSSでの簡単なコーディングのスキルは役立つことが多いです。立ち上げ時にはディレクター的な動き方をすることも可能になると思います。
IMCプランニング
IMC(統合マーケティングコミュニケーション)自体、立ち上げ時にはそこまで必要がないと思います。しかしながらIMCを通じて様々なコミュニケーション施策を経験していることで、将来的にどのような施策の組み合わせ方が考えられるのかをイメージしながら初期のプランニングができることは解像度が上がって良かったと思います。
データドリブンマーケティング
現在のマーケティングはデータの利活用が大きな競合優位性に繋がると考えています。マーケティング活動の初期段階から利活用を意識したデータ設計を行うことで、データを資産として残し、後々の整備コストも軽減することができると思っています。
プロジェクトマネジメント
複数のプロジェクトが同時に進行し、社内外で関わってくださる方も多い傾向にあるため、着実に推進していくためにもプロジェクトマネジメントのスキルは必須だと考えています。
まとめ
随分と長くなってしまいましたが、僕自身が1人目マーケターとしてマーケティング組織の立ち上げ時に取り組んでいることでした。
個人的に1人目のマーケターに一番求められているのは実行力だと感じています。一定の質を保ちながら素早く実行。目的を達成しながら改善を重ね、戦略や事業全体へフィードバックできる情報も集めることが大事だと考えています。
あくまでも僕自身の一例に過ぎませんが、1人目のマーケターとして組織への参画を考えられている方や、1人目のマーケターを募集しようとしている方、他の組織の1人目マーケターは組織の立ち上げ時に何をしているのか気になっていた方の参考に少しでもなれば嬉しいです。