見出し画像

自分の気持ちを言葉に?革製品メーカーの研修【言語化】

たかしに舞い込んだ新しい依頼は、いつものコピーライティングとは少し違っていた。革製品メーカーの企業研修で「社員が自分の気持ちを言語化するための方法」を教えてほしいというものだった。

依頼主の革製品メーカーは、品質と職人の技術力にこだわり、多くのファンを持つ老舗だった。しかし、最近は若い世代の職人も増え、世代間の価値観やコミュニケーションの違いが課題になっているという。そこで、社員が自分の思いを上手に言葉にして共有し、製品づくりにも活かせるようにしたいと考えたのだという。

「自分の気持ちを言葉にして伝える…」たかしはその言葉を口の中で反芻した。それは簡単なようでいて、実は難しい作業だった。特に職人たちは黙々と作業に没頭し、言葉で説明することには慣れていない。たかしは「どんな言葉が彼らの心に響くだろうか」と考えながら、準備を始めた。

研修当日、たかしは革製品メーカーの会議室に向かった。集まったのは、熟練の職人から若手社員まで、さまざまな年齢層の社員たちだった。彼らはやや緊張した様子で、静かにたかしを見つめていた。

たかしは、最初に一つの質問を投げかけた。「皆さんがこの革製品を作るとき、どんな気持ちで手を動かしていますか?」

会場は少し静まり返った。職人たちは普段、手を動かすことに集中しているが、心の内を言葉にする機会はほとんどなかったようだった。一人の若手社員が、やがて口を開いた。「正直、僕はまだ見習いなので、失敗しないようにするのが精一杯です。でも、先輩たちが作った製品を見ると、『いつかこんなものを作りたい』って思います」

たかしはその言葉に優しくうなずいた。「その『いつかこんなものを作りたい』という思いが、皆さんの仕事の中で大事な原動力になっています。たとえ具体的でなくても、自分が何を大切にしているかを言葉にすると、自分の気持ちが整理され、少しずつ進むべき道が見えてくるんです」

次に、たかしは一枚の白紙を取り出し、中央に「革」とだけ書いた。「皆さん、この『革』という言葉から、どんな気持ちや思いが湧いてきますか?」と尋ねた。

すると、あるベテラン職人が「革は、時が経つほど味わいが増す。長く使ってもらえることが何よりの喜びだ」と答えた。他にも「革は使う人の手に馴染む」「一つ一つが違うから、特別なものに感じてほしい」といった声が上がった。

たかしはそれを聞きながら、「それぞれの言葉には、皆さんがこの仕事に込める大切な思いが詰まっています。その気持ちをお客様や同僚に伝えることで、より豊かなものになるのではないでしょうか」と語りかけた。

さらに、たかしは「言葉にすることで新しい気づきが生まれます」と続け、簡単なワークを提案した。各自が「自分が革製品を作る理由」を一言で表すキャッチコピーを書き出すというものだった。

初めは戸惑っていた社員たちも、しばらくすると真剣にペンを動かし始めた。書き上げた言葉をシェアする時間が来ると、一人の職人が「時間を刻む相棒を作る」と書き、また別の職人は「使い込まれてこそ美しい存在に」と表現した。

たかしはその一言一言を聞き、深くうなずいた。「皆さんが今、手にしているこの言葉が、皆さんの心の奥にある思いを表しているのだと思います。その思いを大切にしながら、これからの製品づくりに生かしていってください」

研修が終わるころ、参加者たちは自分の言葉が形になる喜びと共に、新たな気持ちで互いに目を合わせていた。普段は言葉を交わすことが少なかった職人たちも、少しだけ肩の力が抜け、互いの思いを言葉にする大切さを感じているようだった。

帰り際に、若手の職人がたかしに「今日の話で、自分がなぜこの仕事をしているのかを改めて考えることができました」と感謝を述べた。たかしは「自分の言葉が、自分の中で一番の指針になります。これからも大切にしてください」と伝え、笑顔で答えた。

たかしは帰りの道すがら、職人たちが心に秘めた思いを言葉にし、共有できたことに静かな満足感を覚えた。「言葉にする」というシンプルな行為が、人の心を繋ぎ、より豊かなものに変える力を持っていることを、再び実感したのだった。

いいなと思ったら応援しよう!