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ポケットの数だけ広がる可能性【ターゲット】

たかしは静かな書斎で、コーヒーを飲みながら資料を見つめていた。今回の案件は、釣り具メーカーからの依頼だった。釣り用のベストの売上が思うように伸びていないということで、コピーを変更して売上を改善したいというものだった。

「このベストはポケットが多くて釣りには最適なんです。でも最近、売上が落ちていて…何が問題なのか、はっきりとはわからなくて。」メーカーの担当者は悩ましげに言葉を続けた。

たかしはじっくりと話を聞きながら、心の中で思考を巡らせていた。釣りをする人にとっては、このベストの機能性は非常に魅力的だろう。しかし、それだけでは市場が限定的になりすぎるのではないか?ポケットが多い、収納力がある、という特徴は、釣りをする人以外にも役立つのではないか?

「ちょっと考えてみたんですが、このベスト、釣りだけじゃなくて他の使い方ができるんじゃないですか?」たかしは慎重に言葉を選びながら提案した。

「他の使い方…ですか?」担当者は首をかしげた。

「ええ、例えばアウトドア全般や、写真撮影、旅行、さらには日常生活でも使えるんじゃないでしょうか。ポケットが多いのは、釣り具だけでなく、色々な物を持ち歩きたい人にとって便利だと思うんです。だから、釣りという狭い枠を越えて、もっと広い層にアピールできる可能性があると思います。」

担当者は少し驚いた表情を見せた。「そんな考え方は思いつきませんでした。釣り用としてしか考えていなかったので、他の層に売れるかもしれないなんて…」

「そうなんです。これを単なる『釣り用のベスト』として売り込むのではなく、『ポケットの多い便利なベスト』として広く打ち出せば、釣りをしない人たちにもアピールできるはずです。例えば、カメラマンや、アウトドアが好きな人、さらには普段使いで整理整頓が好きな人にも響くかもしれません。」

たかしの提案に、担当者は次第に興味を示し始めた。

「なるほど…そういう発想があったんですね。でも、どうやってそれを伝えるか…コピーはどう変えるべきでしょう?」

たかしは一瞬考え込み、いつものように言葉を削り落としていく作業に入った。ベストの機能性を伝えるためには、シンプルで強いメッセージが必要だ。それでいて、見る人が自分なりの使い方を想像できる余地を残さなければならない。

「どうでしょう、こういうコピーは。『着る人の数だけ、使い方がある。』」

担当者は一瞬黙り込み、じっとその言葉を噛みしめていた。そして、しばらくしてから顔を上げた。

「これだ…これなら釣りをしない人にも響きそうです!シンプルだけど、使い道が広がって見えますね。」

たかしは頷いた。このコピーには、「ポケットが多い」という特徴を暗に伝えつつ、用途を限定しない汎用性が込められている。それが釣り好きのユーザーだけでなく、他の層にも届くのだ。

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新しいコピーが決まった後、メーカーは大々的にキャンペーンを展開した。広告には、釣りをする人だけでなく、カメラを手にしたハイカーや、旅行先でベストを着ている人々の姿が映し出されていた。

結果は予想以上だった。ベストはアウトドア愛好家や、整理好きな人々にまで広く売れ始め、売上は急上昇した。

「まさか、こんなに反響があるとは思いませんでした!」担当者は嬉しそうに報告してきた。

たかしは、その報告を聞いて静かに微笑んだ。言葉を短くし、本質を突く。それが彼の仕事の醍醐味であり、今回もその力が発揮されたことを実感していた。

「言葉はシンプルであるほど、使い手に想像の余地を与える。その余白が、言葉の持つ力なんだ。」

たかしは、再び書斎でノートを広げた。次のプロジェクトに向けて、彼の旅はまだ続いていく。言葉の力を信じ、次なる挑戦に向けて静かにペンを走らせた。

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