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【きのう何読んだ?】小川糸「ツバキ文具店」|鎌倉に住む代書屋の娘

 今回、きのう読んだのは小川糸さんの『ツバキ文具店』。小川さんの作品は初めてだったので、図書館にあるたくさんの蔵書のどこから手をつけようかしばし思案することになりました(こういう時間は意外と楽しい)。そして素朴な表紙のイラストと文具店という設定に惹かれ、本書を手に取ることに。結果的に新しい作家さんとのよき出会いに成功しました。

ツバキ文具店/幻冬舎

鎌倉の美食と四季折々の自然を味わう

 舞台は鎌倉にある個人経営の文具店。鎌倉といってもはずれにあるため、観光客がどっと押し寄せ、オーバーツーリズムが問題となっている巷の現状と雰囲気は異なります。それにしても鎌倉に住むってどんな感じなのでしょうか。店舗兼住宅の一軒家に一人暮らしの雨宮鳩子は、夕食の時間になると近くの食堂でひとり飯。徒歩圏内にはカフェやベーカリー、老舗のうなぎ屋やキーマカレーが自慢のレストランなどが数多あり、観光地ならではの凝ったメニューが味わえます。鎌倉宮や鶴岡八幡宮へも歩いて行けちゃう。自然が豊かで、春夏秋冬の鎌倉の景色が物語とともに移り変わっていきます。

代書屋(代筆屋)という先祖から伝わる裏家業

 鳩子は文具店の傍ら「代書屋」をしています。熨斗袋や年賀状の宛名書きを達筆な筆文字で綴るのですが、これは先代(祖母)に幼少期から仕込まれた技。雨宮家は代々、代書屋を営んでいるという訳ですが、代書だけでなく「代筆」も承ります。誰かの依頼を受けて大切な手紙を代筆する、というお仕事です。

 代筆、という意味では辻仁成さんの『代筆屋』が思い出されます。こちらの舞台は吉祥寺で、売れない小説家が代筆でアルバイトをしているというお話でした。探偵はバーにいる、みたいに小説家は喫茶店にいる、という渋い設定だったかな。依頼者に憑依して代筆をする姿は、本作の鳩子と重なる部分がありました。

 鳩子の代筆は文字を書くこと以外にもかなりこだわりがあります。文具店ですから、さまざまな文具、用紙、手法が登場します。その応用範囲が半端ではありません。文具好きな方には見逃せないポイントです。今回の絶縁状にはこの紙がいい、という鳩子のひらめきには唸るものがありました。

 代書屋を務めながら一年、先代と仲たがいをし、向き合うことなく別れてしまった後悔を引きづっていた鳩子は、素直な気持ちを取り戻し、祖母に向けて初めての手紙を書きます。素直になることは難しいですよね。同じことを、先代である雨宮かし子さんも友人への手紙で吐露していました。あなたも手紙を書きたくなる、そんな本です。

実際に手書きの手紙を掲載する凝った手法もこの本の魅力です




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