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【作品#58】『ブランド』

こんにちは、三太です。
 
1月も気づけば、最終週となりました。
19日に京都の文学フリマに行ったことを機に、これまで以上にポッドキャストを聞くようになりました。
特に文学系のラジオです。
自分の世界が広がるようで楽しいなと思っている今日この頃です。
 
では、今回は『ブランド』を読んでいきます。

初出年は2021年(7月)です。

角川文庫の『ブランド』で読みました。


あらすじ

吉田修一さんが芥川賞を受賞されてから20年をかけて書きためられてきた短篇とエッセイの作品集。
宝石ブランドの話あり、ブータン紀行あり、バーの紹介ありと内容は多種多様です。
巻末で吉田修一さんにインタビューをした田中敏恵さん曰く「吉田修一前菜集」のような立ち位置の作品ですらすらと読めるのが魅力です。
(ちなみにメインディッシュ的作品は『犯罪小説集』や『国宝』などです)

公式HPの紹介文も載せておきます。

『悪人』『怒り』『国宝』――
数多の賞を受賞し、世界的にも注目を集める著者が、芥川賞受賞から20年にわたり広告で描いてきた、単行本未収録の贅沢な作品集。
エプソン、エルメス、大塚製薬、サントリー、JCB、ティファニー、日産、パナソニック……
錚々たる企業の依頼で描いてきた小説、紀行、エッセイを収録。

出てくる映画(ページ数)

①「ダイ・ハード」(pp.75-76 「NIGHT COLOR」シリーズ) 

冷えたビールに、絶妙な塩加減の枝豆。ベランダからの夜景も美しく、我ながら、いい誕生日だと思う。あとは毎年誕生日恒例の五つの確認事項だけだ。
① たまには空を見上げているか?
② 五ヵ国語以上の言葉で「ありがとう」と言えるか?
③ 映画『ダイ・ハード』を観て、まだ泣けるか?
④ 好きな女はいるか?
⑤ 来年の誕生日が楽しみか?
指折り数えて、五つの質問に答えていく。幸い今年も全ての質問に気持ち良く○がつく。

→「BRUTUS」マガジンハウスの2011/5~2012/3のいずれかの号で、どの号が初出かは不明です。
 
②「恋する惑星」(p.204 「鏡合わせの都市」) 

香港を訪れるのは、今回が四度目になる。
一九九五年、一九九六年、二〇〇七年、そして今回。大袈裟に言えば世紀を、また香港の中国返還という大きな節目を気がつけば跨いでいたことになる。
香港を舞台にしたウォン・カーウァイの『恋する惑星』という映画に影響されて訪れた初回。香港で働く友人を訪ねた二度目。短編小説の取材で向かった三度目。そして今回。

→2010/2が初出で、おそらくエッセイです。 

今回は2作ありました。
②「恋する惑星」は既出なので、「ダイ・ハード」を見ます。 

感想

この作品は随所に光るエピソードがあります。
ここでは好きだな、いいなと思った三つのエピソードを紹介します。

一つ目は、「世田谷迷路」という短篇の登場人物が日産のティーダを購入することに決めた理由です。

このマンションの目の前の駐車場に空きが出たのが三ヶ月ほど前だった。以前から車が欲しかったこともあって、私は迷わずその空き駐車場を借りた。購入する車は、日産の『ティーダ』と決めていた。先に駐車場を決めていたこともあって、さて、何を買おうかと思案するとき、「あの日当たりの良い駐車場に、どんな車を停めれば似合うだろうか?」と、そんな風に考えた。駐車場は大きな公園と隣接している。公園の緑をバックに、広々とした駐車場が広がっていた。ここにすっと入ってくる車、ここからすっと街へ出て行く車には、いったいどんな車種がいいだろうか、と。

(p.23「世田谷迷路」)

車を停める場所に合う車種にするという発想を自分はしたことがなかったので、とてもステキだと感じました。
ちょっとでも燃費が良いとか、良く走るのが良いとか、少しでも良いものをみたいな合理的な発想とはまた違う部分に惹かれたのだと思います。

二つ目は「ブータン紀行」という紀行文の最後に出てくる「せつなさ」という日本語の考察です。

「せつなさ」という日本語がある。他の言語にはとても翻訳しにくい言葉だと聞く。胸が締めつけられるような思いとでも言えばいいのか、恋愛だけでなく、たとえば田舎に暮らす少年などを見たときに、ふとそんな言葉を使いたくなる。そのせいか、これまで「せつなさ」という思いは、素朴さとか、純粋さのようなものから滲み出てくるものだと思い込んでいた。しかし、今回ブータンという国を訪れて、そこにもう一つの言葉を付け加えたい。野原を駆け回って遊ぶ少年は、素朴さや純粋さと同時に、高貴さを持ち合わせている。都会の少年に比べれば何も持っていないように見えるかもしれないが、彼は「足りている」という、とても贅沢なものを持っている。きっとそれはブータンの人たちが持つ高貴さと、とても近いものだと思う。

(p.47 「ブータン紀行」)

そもそもせつなさというのは胸が締め付けられるような思いというところで確かにとなるところを、さらに踏み込んで「高貴さ」も付け加えて考えているところに旅の持つ出会いの力みたいなものが感じられました。

最後は「THE BAR」というエッセイに出てくる小池真理子さんとのエピソードです。

楽しい時間はあっという間に過ぎる。気がつけば、いい時間になっており、そろそろ帰りましょうかとなったそのとき、小池さんがドライマティーニを注文した。
聞けば、いつものことらしく、どんな席でどんな酒を飲んでいても、帰る前には必ず一杯ドライマティーニを飲んで席を立つ。このドライマティーニで、その夜を終わらせるのだ。
小池さんと飲んでいて、帰りたがる男はいないと思う。帰りたがらない男に、夜は終わりだと知らせるために、注文するドライマティーニなのかもしれないが、作家小池真理子の飲む最後のドライマティーニは、そんな男の落胆を掻き消してしまうほどに美しかった。

(pp.226-227 「THE BAR」)

とてもオシャレなエピソードだなと感じました。
私自身はあまりドライマティーニというものは知らないのですが、(ちょっと調べはしましたが・・・)、自分だけが持つ決まり事みたいなのがいいなと感じました。

姐さんのドライマティーニ霜夜かな

以上で、『ブランド』の紹介は終わります。
生産性とはまた別の価値観を自分も持っていたいなと思えた作品でした。

それでは、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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