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歌舞伎『妹背山婦女庭訓』(太宰館花渡し・吉野川)、『勧進帳』_秀山祭9月大歌舞伎 夜の部【観劇感想】

9月歌舞伎座、夜の部を観てきました。秀山祭らしい、ずっしりとした2演目。


妹背山婦女庭訓いもせやまおんなていきん

太宰館花渡しの場

「太宰館花渡し」の場があると、入鹿という正しくないが強大な権力の前で、苦悩し、抗う道を探る人々の姿が分かりやすくなる。

上手かみての襖から定高さだか(坂東玉三郎)が登場。渋いグレーの裲襠うちかけが上品で美しい。花道からは大判事清澄きよずみ(尾上松緑)が登場。
御簾が上がって蘇我入鹿(中村吉之丞)。大判事に、来るのが遅いとお怒りモード。吉之丞の声が苦しそう。

入鹿のそばには、中村芝のぶ他の腰元がいて、花活けに入った桜の枝が用意されている。

大判事と定高は共謀しているのだろう、そうでなければ不仲で行き来もないのに互いの子が恋人であることの説明がつかない、と言う入鹿。
二心ふたごころのない証拠に大判事は久我之助こがのすけを差し出せ、定高は娘雛鳥を入内させよと言う。

詳しいあらすじはこちら。

入鹿も大判事も、定高に対して何か言うとき、いちいち「女」をつける。それをものともしない、玉三郎ねえさまの定高の大きさが頼もしい。

入鹿は、逆らえばこうだぞと言って、手に持った桜の枝から花を散らす。
一度強く、向こうへ突き出すようにしていた。そうするとバラバラと花が落ちる(抜ける?)仕掛けになっているらしい。
花活けにあった桜の枝が2人に渡される。

花渡しの場、わたしは初めて見る。
渡す/渡さないよりも、大判事と定高がもらう桜が、遠目から同じに見えたことに、オヤとなった。

定高は八重一重やえひとえの”咲き分けの枝”、大判事は山桜を持って出るのが「吉野川」なので、八重一重と山桜がそれぞれに渡されるとわたしは思っていたのだ。
しかし、2人が持っているのは同じ種類の桜に見える。

帰り道でおのおのが折り取るのではなく、太宰館で同時に花を渡されるなら、わざわざ別の桜にしないよね、ってことなのだろうか。
なかなかうまく観られない。歌舞伎って果てしない…。

歌舞伎名作全集 第5巻より。2人が手にしている桜は種類が違って見える


吉野川の場

久しぶりに見る吉野川、広くて大きい。滝車たきぐるまってあんなに迫力あったのね、と懐かしく見る。

雛鳥が尾上左近。踊りではなく芝居で女方を勤めるのは、この役が初めてだという。可愛らしい姿。

染五郎の久我之助こがのすけは、期待通り。
この久我之助ならば信念を貫いて、父にも采女うねめの居所を漏らさずにいるだろう、と感じる。

両花道の、本花道に定高、仮花道に大判事の出。
定高は「花渡しの場」とは裲襠うちかけが変わって赤みのある茶色になっている。

2人が手にしている桜の枝は、過去にこの場面を観たときは遠くから見ても分かるほど、それぞれ枝の雰囲気が違っていたのだが、今回は「太宰館花渡しの場」から続いているので、桜の枝は同じに見える。

館に入ると定高は、大判事に見せるのとは別人の優しい顔で、雛鳥を見つめる。
しかし入内の件を話さなければならない。娘を説得する定高のセリフは、言葉と感情がまるっきり逆で、聴き応えがある。

「入内させよとありがたい勅諚」の「ありがたい」の部分も、ありがたいと言いながら、こみ上げる怒りにまなじりは釣り上がり、言ったあと小さく顔を背けて、短く息を吐き出す仕草さえあった。

雛鳥が入内を受け入れると、口では嬉しい、でかしたと言っても、どうにかして抗いたい心が滲む。

今回の発見は、雛人形の首が落ちて、定高が「入内さすというたは偽り」と、先の言葉をひるがえすところ。
どうして、このタイミングでそうなるのか、分かるようで分からないとずっと思っていた。それが今回で、ようやく分かった気がした。

自分と違って、好きな相手と添い遂げられる女雛がうらめしいと言って、雛鳥が袖で人形を叩く。
ころりと人形の首が落ちる。
定高はしばしその人形を、食い入るように見つめる。

雛鳥は聞き分け良く入内を承諾したように見えたが、これが娘の本心。娘は死ぬ。
雛鳥の態度と、首の取れた人形によって、これまで定高が想定しつつも、まだおぼろげだった「雛鳥の死」が、はっきりと形になった
首と胴が離れた娘の姿が、定高には見えた。

定高は感情が溢れ出して、自分を抑えられなくなる。それで、言を変える。
わたしには、そんなふうに見えた。

死なさずに済む方法、家のため2人のうちどちらかでも助かる方法を探り続けていたけれども、本当を言えばただただ、娘が可愛い
いずれ死ぬしかない娘。それならば入内させて苦しみを長引かせるより、望みの通りにしてやりたい。
だから「入内さすというたは偽り」と変わるのではないか。

ただ、ここまでめちゃくちゃ愛情たっぷりの定高だったのだけど、さあ首を落とすというときは、玉三郎の定高、雛鳥の首根っこをむんずと掴んで屏風の陰へ転がすように押し込んだ。思ったより荒っぽい!(泣)

定高の泣き声で、大判事は事態を察する。川を挟んで互いに様子を伝え合う。

松緑の大判事は、ここで雛鳥の死を知ってから、一気に10才くらい老け込んだように見えたのがとても良かった。
剣のある感じから、子を持つ親同士、入鹿に抗う同志へと定高に対する態度が変わる。

桜満開の吉野川を、雛鳥の首と、雛飾りの道具が渡っていく。

大判事は久我之助に雛鳥を対面させてやり、久我之助の首を落とす。
首を落とすところは松緑が刀を振り下ろすタイミングと、染五郎が屏風の陰へ倒れるタイミングがきれいに合っていた。

さらにいいなと思ったのは、雛鳥と久我之助がいなくなって、それぞれの屋敷がガランと、明らかに虚しく寂しくなったこと。
雛飾りをすべて流したというていで、ひな壇が布で覆われる定高のほうだけでなく、もともと飾り気がない大判事の屋敷も、いっそう広くなった感じがした。

若い2人が良い存在感だった、ということでもあるだろうし、人なくして国や家が成ろうか、という問いにも見える。

子は、親が思うより大人。
そういうところは、昼の部の『摂州合邦辻』も似ている。ちなみに『妹背山婦女庭訓』の初演(人形浄瑠璃)は1771年、『摂州合邦辻』は1773年。


『勧進帳』

松本幸四郎の弁慶、尾上菊之助の富樫、市川染五郎の義経。

菊之助の富樫、第一声から朗々とした良い声。

弁慶が「その斬った山伏は判官殿か?」と番卒にツッコむと、富樫は「ああらむずかしや問答無益」と割って入り、「通すこと罷りならぬ」とけんもほろろに背を向ける。
その右袖のひるがえった、すげない感じ。これ吉右衛門でも感じたことがある、と胸が熱くなる。

勧進帳を聞きながら、富樫は、奥にいるあれは…?と強力ごうりきを怪しむ。その形の良さ。義経を演じる染五郎も、笠を僅かに上げて窺う様子がとてもいい。
三人美しくまる。

幸四郎の弁慶は、かなり吉右衛門に寄せているのかなと感じた。
この人の声を、吉右衛門に似ていると思う日が来るとは想像もしなかったのだが、弁慶の低く這うような声に、吉右衛門を思い出した。

感想が富樫に寄り気味になってしまうが、最も良かったのは、強力ごうりきを見た番卒の訴えを受けての富樫。
「いかに、それなる強力ごうりき、止まれとこそ」

声。緩急。板に流れた袴の裾。身体の形。
三階席やや下手しもて寄りから見ていたが、これほど美しい富樫は初めてだった。

義経一行は切り抜けたと思いきや呼び止められ、一触即発。
弁慶が金剛杖で4人を押さえ、富樫は番卒を引き連れて、にじり寄る。

幸四郎の弁慶は、義経を打ち据える部分も、打つ直前の思い入れは一瞬。吉右衛門の弁慶も、ほとんど見せないに近かったなぁと思い出す。

富樫の「判官殿ほうがんどのにもなき人を」のセリフは、たとえばCD(下の画像)で仁左衛門の富樫は「き人」にはっきりとアクセントを置いて、判官でない人、という言葉の中で明らかに、義経をそれ以上叩くな、と言っている。

わたしはそれも好きだが、菊之助はそこまで強調せず、かといってサラッと流してしまうでもない、絶妙なライン。

1985年12月、12代目市川團十郎の襲名披露公演のときの『勧進帳』を収録したCD。
富樫は片岡孝夫(いまの15代目仁左衛門)

菊之助の、大きな動きをしないのに存在感のある富樫、とても好きだ。

染五郎の義経も、DVDで観た2018年1月の『勧進帳』より、義経になっていた。

さいごに

筋書の上演記録を見ると、『勧進帳』の人気ぶりが分かる。
他と違って2段で書かれているのに、それでも9月のどの演目よりもページ数が多い。

二代目中村吉右衛門がいない秀山祭。
打ちのめされる覚悟で行ったのだが、菊之助の素晴らしい富樫に出会えて嬉しかった。

文楽せんべい「さわり集」から、富樫。


歌舞伎座に飾られていた、二代目吉右衛門の弁慶。

お読みくださって、ありがとうございました。


  • 今回の『妹背山婦女庭訓』(太宰館花渡し・吉野川の場)に向けて予習したときの記事です