【観劇感想】明治座_11月花形歌舞伎_夜の部『お染の七役』
お染の七役 於染久松色読販
於染久松色読販は、4世鶴屋南北の作。通称《お染の七役》。
中村七之助が、7つの役を演じ分ける。
商家のお嬢様「お染」、その丁稚「久松」、久松の姉で奥女中「竹川」、久松に焦がれる田舎娘「お光」、芸者「小糸」、お染の母親「貞昌」、金のために店を強請りに来る悪婆「お六」。
妙見の場でお染が出てきて口を開いた瞬間から、疑う余地もないお染である。
早替りもそうとう速くて、替わると分かっていても驚くくらいなのに、声、動き、セリフどれも少しも駆け足にならない。
坂東巳之助が、芸者小糸(七之助)の恋人多三郎役。
巳之助はすらりとしているので和事の丸みというイメージがあまりなかったのだが、若旦那の上品さと、人の良さ、小糸との相思相愛ぶりがいい。
七役なので、七之助は引っ込んだと思ったらすぐ登場する。スピーディでも奥女中から悪婆まで、慌てたり詰め込んだ感じがない。お染も、久松も、久松の母も全部ぜんぶ、それぞれの役としてきっちりと見せてくれる。
小梅莨屋、強請場
土手のお六は、想像より薄味だと始めは思った。
しかしそれはわたしが、玉三郎と仁左衛門コンビでこの莨屋と強請場だけを出したのを観たときの印象に引きずられているのだろう。
通して《お染の七役》を観るなら、おそらくこれがちょうどいい。
莨屋の場は、竹川からの手紙を持ってきた腰元お勝(中村鶴松)とのやりとりが、とてもいい。
棺桶を預けていく人があってお勝が驚き、お六がお恥ずかしいと返すときの調子、喜兵衛は不在かと問われ「『ご主人様』はよかったねぇ」と自嘲気味に言うところなどは、玉三郎の熟れた柔らかさとはまた違った魅力。
お勝とお六という女性同士で滲み出る親しみと、一方で根底にお六が持っている折り目正しさ。
強請場も、嫁菜売り久作を演じる市川男女蔵がとても良かったのもあり、彼が油屋へ来て慌てるお六が絶妙。もっと見たい。
大詰のお光の存在感
七之助の七役、どれも良かった中で、特にわたしは大詰の、久松への恋で心が壊れてしまったお光が、さすがだと思った。
この怒涛の大詰に来て、お光がぽつんと出てくる、その哀れさ際立つストーリーも素晴らしいということに、七之助のお光を観て気がついた。
鶸色の着付けの片肌を脱いで襦袢の出た赤。
なんと言おうか、突っ走った勢いで片身をどこかへ引っ掛けてしまった和金(金魚)と言ったら可哀想すぎるだろうか。
最初の妙見の場で見た可愛らしい姿からの変わりよう。いたいけな、傷ついた若い娘の儚さ、気の毒さがたまらなかった。
女猿廻し役で、中村鶴松が再び登場する。鶴松はお勝と2役。
お作は、お光を気遣う情と、落ち着いた中に猿廻しという職業柄の人懐っこさ華やかさがある。
船頭役が中村橋之助。堂々とした姿に波模様の着付けが爽やか。
大詰、物語はお六が折紙を手に入れて久松とお染を逃がし、立廻りとなる。
なかむらや、と書かれた傘が開かれる華やかな幕切れ。
男女蔵の嫁菜売り
七之助の細やかな七役、加えてとても良かったのは、市川男女蔵の嫁菜売りだった。
大切な役だと思う。
嫁菜売りの久作が動き回ることで、奥女中、商家、身を持ち崩した悪党まで、登場人物たちの世界が混ざる形になっている。
さまざまな人とやりとりする役で、地味だと退屈だし、アクが強すぎてもバランスが悪い。
男女蔵の久作は、「田舎の人」という言葉に表される、ちょっと他の登場人物と雰囲気が違う純朴さ、頑固さが良かった。
今回の《お染の七役》がきれいにまとまっているのは、この人の力もあると感じる。
さいごに
今回、七之助の《お染の七役》を観て、思ったことがある。
いまや七之助は歌舞伎の女方として人気も実力もそうとうなところにいるのに、どうだ七之助だ!という、”独り勝ち”感がないこと。
七之助だけが巧くて目立つのではなく、周りのことも巧く見せる、チームワークで狂言全体を楽しく見せるものになっていたように思う。
個人的な望みを言えば、いつか、もっともっと七之助の魅力全開の《お染の七役》が観たい。大詰で「なかむらや」の傘がダーーーーッと開いた瞬間に立ち上がって拍手したくなるような。
2023年12月、歌舞伎座の《天守物語》では、凄まじい力を七之助に感じた。
玉三郎からの富姫の継承という重圧を感じさせないどころか、もっと違う何かを静かに狙っている、身体の奥底から噴き出すようなオーラ。
以来(遅まきながら)、「勘九郎の弟」という捉え方でなく、「七之助」が何を演じるかで、チケットを買うか考えるようになった。
この《お染の七役》も、どんどんパワーアップしていくに違いない、と思っている。