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ある館のミステリー マリアの貢献

 ストックホルムの南の島、ある一角を歩いていると多少違和感を覚えさせる館が視界に入る。館の背後からは泥酔した人々の雄叫びが響いて来る。

 美しい装飾が施された1670年築のこの建物だけは、ホームレス人救済センター等の在るこの一角から端麗に取り残されている。

 冷たい空気の中、この館を撮影していると、通りすがりの人達から訝りの視線を受ける。通行人の多くは、この館でかつて起きた事故のことをおそらく知らない。この館は60年前迄はこの地区における病院であった。

 医療業界において重大な意義を残すこの病院は、1876年からはマリア病院と称されていた(それ以前の館の用途は孤児院)。


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 1936年8月20日木曜日夕方、スウェーデンの短い夏が終わりを告げようとしていた頃、二人の救急患者がマリア病院に搬送された。

 25歳の溶接工、カール・エリクソン 自転車走行中に人と衝突し指負傷
 15歳の見習い生、スティーグ・ターンホルム、父親の精肉店にて指負傷

 この二人は局部麻酔にて治療を受けた。

 この麻酔薬はエトカイン溶液であった。当時は、局部麻酔薬として使用されていたコカイン製剤である。

 両患者は治療を受けたあと、帰宅した。

 しかし、カールは間もなく病院に戻って来た。重度の嘔吐、親指の極度の腫れのためである。患者は経過観察のために入院した。

 翌日、エルザ・ベリルンドが頬の傷の治療を受けるために病院を訪れた。治療はカールと同じ治療室にて行われ、今回も同じ瓶に入っていたエトカイン溶液が使用された。

 そして、さらにエルザも帰宅後容態が悪化し、経過観察のために入院を余儀なくされた。

 カールの病状を診察した当直医は、何かが奇妙であると主治医兼理事を務めていた同僚に報告した。常駐主治医のエイナル・キーは休暇中であった。


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 翌日になってもエルザの頬は激しく腫れたままであった。

 容態が悪化したのは病院に逆戻りした来たカール、エルザのみならず、他の入院患者もその然り。

 いずれの患者にも共通していたことは、治療室に保管してあった麻酔薬を受けたという点である。

 実は、この麻酔薬を受けた患者の中で病院に戻って来ていない患者が一人だけ残っていた。指を負傷したスティーグ少年である。


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  関係者たちは少年の家に連絡をした。

 果たして少年は自宅で寝たきりになっていた。彼らは少年を即座に入院させた。

 治療室にあった麻酔薬は、緊急分析のために州立検査室に送られた。

 その結果、

 エトカイン溶液という麻酔薬だと信じられていた瓶の中の液体は、実は消毒剤のオキシシアン化水銀であることが判明した。


 経過観察の末、

 8月27日、カールおよびスティーグ少年、死亡。
 8月29日、エルザおよび入院していた一患者が死亡。
 

 オキシシアン化水銀消毒剤に依る水銀中毒は彼らの腎臓機能を完全に阻止、その結果、尿の生成を不可能にした。

 

 それでは、一体、誰が、何時、何故、どのようにエトカイン溶液麻酔薬の瓶にオキシシアン化水銀を入れたのであろうか。


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 マリア病院においては、有毒薬のボトルと医薬品の瓶は一つの医薬品ケースに保管されていた。それらを区別していたのは、それらを置く棚の位置のみだけであった。

 スウェーデン医療庁は一年前、有毒薬と医薬品の瓶は別々に保管するようにとの規則を制定していた。主治医のエイナルは、スペースの関係で、その規則を完全に遵守することは事実上不可能と判断し、それらを棚の上段、下段に分けて置くことにより区別をすることにしていた。

 この事件に関しては以下の連鎖ミスの可能性が推測された。


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 推測1-薬局から医薬品を持ち帰った看護学生が、医薬品の瓶と、自分が希釈した水銀消毒液の瓶を棚に戻すときに、棚の位置を勘違いし、医薬品を置くべき場所に水銀消毒液を置いてしまった。

 推測2-看護師がエトカイン溶液麻酔薬を補充する際に、間違えて置かれていた水銀消毒液の瓶に補充してしまった。

 推測3-薬局が医薬品を納品する際、水銀消毒液の瓶に「毒」表示を掲げることを怠った。


 その後の警察の捜査により五人の関係者が起訴された。


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 主治医のエイナル・キー教授 - 医薬品の保管規則を未遵守した疑いのため

 看護学生 - 有毒の瓶を誤った棚に配備した疑いのため

 看護士 - 毒の瓶に誤って麻酔薬を補充した疑いのため

 二名の外来看護士 - 看護学生への監督不届きの疑いのため



 そして、数か月にわたる長期捜査のすえ、上記五名の受けた判決は


 証拠不十分のため、無罪、であった。


 この事件のあと、スウェーデンにおいては医療事故/過誤を報告するシステムとプロセスが導入された。

 これらは患者を医療事故/過誤から保護するためのものであり、マリア病院の名称を受け、レックス・マリアと呼ばれるものだ。すなわち、医療提供者は、スウェーデンの健康管理検査官(IVO)に重大な医療事故/過誤を引き起こした、または引き起こした可能性のある事件を調査して報告する義務がある、というものである。


 しかしながら、このような連鎖事故/過誤は医療業界に限らず、どのような業種においても起こり得る。人命に関わるほど重要なことではなくとも、同じような連鎖事故/過誤を経験されたかたもいらっしゃるのではないだろうか。


 事故/過誤の原因は、大小問わなければ、ざっと考えつくだけでも多くあり得る。

 設計ミス(計算ミス、論理ミス)、プロセスミス、管理ミス、不可抗力(地震、異常気象)、コミュニケーション不足、関係者の過労に起因する状況判断ミス、知識不足、認識不足、怠慢等々。


 また、日常、起こり得るリスクを認識していたとしても、

 それを報告する手段が不明瞭であるため放置してしまう

 報告をしたとしても、上部からリスクとして認識されなかった、あるいは優先順位を下位にされ、対策が先延ばしにされてしまう、

 報告をして、上部からリスクとして認識されたとしても、例えば財政上の理由にて対策を採ることが不可能であった、

 等々の理由により、即座に対策が採られないこともある。


 現在はIT社会である。

 医療機関における安全性は、1936年の状況と比較して数段高まった、しかしIT社会ならでは過誤も有り得る。

 その一例として以下を耳に挟んだ。

 外科手術の真っ最中に、オペ用ソフトウェアの更新作業が起動してしまい、更新が終わるまで手術を続行することが出来なかった。幸いこの場合は手術は成功した。

 これはIT部門と現場のコミュニケーション不足に起因したものであろう。


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 85年前ほど前にはこれほど悲惨な事故が起きたこの館も、おそらく医療関係者以外にはその歴史を詳しく語られることもなく、子供達が校庭で遊ぶ平和な中学校の前に佇んでいる。

 この学校に通う子供達には、果たして学校の前に佇むこの館の歴史について語られているのであろうか。


 この館は現在、公衆衛生センターとして利用されているようであるが、同センターは近日、他所への移動を予定しているようであり、その後のこの館の用途は私にはわかりかねる。

 

 しかし、この建物は医療的教訓のためにも是非残して頂きたいと思う。

 マリア病院は、我々が医療機関を信頼出来るようになるための最初の一歩を踏み出すために、高価すぎる貢献をしたのであるから。


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今回もご訪問を頂き有難うございました。

昨日は初雪が降りました。そろそろオフィス勤務に戻ろうかと考えていた矢先でしたが、こちらは再び疫病の雲行きが怪しくなって来たため、しばらく見合わせる羽目になりそうです。

今回はセキュリティに関する記事でしたが、同じくセキュリティの重要さを強調されている方がいらっしゃいます。化学薬品の危険性に関しても大変詳しい方です。中華シンジケートとして、以前にもご紹介させて頂きましたが

Masaruさんです。


そして、そのMasaruさんのお墨付きのきむきむさんを、ご紹介させて頂きたいと思います。品行方正を絵(Note)に描いたような方で、常に勉強を続けていらっしゃるかたです。FP、ビジネス法務、、食育ボラ、健康リズムカウンセラー、成年後見人、終活アドバイザー、コーヒー検定2級等、本当に多くの資格をお持ちの方です。


また、最後になりましたが、医療史にかなり蘊蓄をお持ちの方、Large Cedarさんです。京都、旅行、ビールの話題でヒットを飛ばし続けられている方ですが、実の正体は医療系コンテンツの記事に長年携わっている編集者さんです。Note初期の頃には昭和初期の医療事情を興味深く熱く語っていらっしゃいました。


他にもご紹介させて頂きたい方々は多くいらっしゃいますが、一回の記事には、あまり多くのリンクを貼らせて頂かないようにしておりますので、気長にお待ちいただけたら幸いです。

掲載写真は、学校、ホテル、拒食症センター等、もとマリア病院の近隣の建物のものです。


参考資料


関連セミナー等。

免責事項等に関しては自己紹介記事に記載させて頂いております。https://note.com/lifeinsweden/n/n2b41e9ae5b80