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インド人厩務員を雇うということ

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2023年10月に競走馬を預かる調教師さんの職場を訪問した。この調教師さんは数名のインド人厩務員を雇用しておられるとのこと。どのような経緯で、インド人を採用することになったのかをインタビューしてきた。競馬業界という非常に守秘性の高い世界で活躍するインド人の様子について、ここまで詳細に教えて頂き、今後の日本社会における外国人労働者の在り方について、深く考えさせられました。


日本人調教師さんへのインタビュー

インド人厩務員の雇用までの経緯

 今回インタビューをした調教師さんは、数年前から希望にあう厩務員がなかなか見つからなかったため、外国人採用を考えるようになったとのこと。地方競馬場での人材不足が顕在化し、若年層の現状を考えると、おのずと外国人雇用者に頼らざるを得ないと感じていたそうだ。まず、フィリピンを訪問し、個人でフィリピン人の厩務員を招聘、雇用しようと思っていたが、万が一、こちらが期待した業務をこなせない場合に、帰国を促すなどが難しいだろうと感じたため、 それまでにあったエージェントに依頼するという方向へ移った(業務内容に不満があった時に、率直に伝えやすい)。その際、管轄している都道府県庁にも外国人雇用について要望を出したが、競馬場での外国人雇用という前例がないため難航した。どうしても「リスク回避」が優先されるため、官公庁ともに「万が一」に備えての検討を重ねる必要があった。
 

外国人厩務員の採用について(受入れ状況など)

  外国人の採用はやむを得ないことだと感じているが、国をはじめとする行政も、多くの調教師も消極的であり、批判的な意見を持っているとも感じられた。
 外国人厩務員の統制をとるには、調教師と競馬場の指導が適切でなければならない。その点では、この調教師さんが所属している競馬場はかなり統制が取れている。今後のことを考えると、調教師同士の情報公開 や 外国人 厩務員の育成 協力が必要となるが、調教師が本来は個人事業主、時にはライバルとなる関係なので、相互協力が難しい関係にある。
 現時点(2023年10月時点)では、中央競馬場や東京の大井競馬場など、人材が集まってくる有名で大きな競馬場では、外国人従業員はいない。しかしながら、先に人材不足となっている地方競馬場では、外国人従業員がいる。その点でいえば、今後の日本の雇用状況の影響を強く受けているのは、地方競馬場の方だともいえる。
  厩務員を雇う際には、エージェントから提出された資料のほか、①調教師会 ②厩務員会 ③競馬場 の3つの面接を通過しなければならず1か月を要する。 雇用する外国人は出身国で犯罪を犯していないか等、雇い主である調教師に難色を示す問い合わせが来ることもある。調教師としては外国人候補者の身元を警察のように調査することもできないので、適正なビザ発給がされていること(日本国として入国の審査が通っている)等、他の機関による審査・協力をもって信頼がおけると判断するしかない。
  見習い期間について、当該都道府県の規則では日本人は1ヶ月なのに外国人は3ヶ月に設定されていることも、外国人を採用し始めてから初めて知った。ただ、内容を確認すると2ヶ月も多く使用期間に充てる必要がないと感じたため、その申し立て、来年度から外国人の使用期間も日本人と同様の1ヶ月になったそうだ。
 今後も外国人厩務員の需要は増えていくと思われるが、調教師は管理してる厩舎や馬のキャパシティに合わせているため、個人で急に外国人厩務員を増やすことはできない

雇用状況について

  雇用契約は1年契約に設定しており、問題がなければ自動更新にしている、この契約内容や就業規則についても調教師が準備している。 今のところ契約打ち切りになるような問題は起きていない。
 当初、外国人を厩務員として採用することに反対していた人も、日々の仕事ぶりや、挨拶を通して「外国人でもできるな」という印象をもつようになったそうだ。 なかには、外国人と接するのが初めてという調教師・厩務員もいる。そのような環境で、必要最低限のコミュニケーションや、真面目な仕事ぶりは日本人以上に気を付けるよう指導しているとのこと。
 今後、外国人とともに仕事をするにあたって、「何を考えているかわからないから嫌だ」、「日本語がわからないからこちらの仕事が増える」等こちらの負担が増えることばかり考えずに、できるところはお互いに補い合っていくという気持ちが大切だと痛感しているそう。

日頃のコミュニケーションなど

  コミュニケーションは英語でとっている。日本語ができなくても、簡単な英語や指示内容を身振り手振り、やってみせることでつたわるし、多少日本語ができるインド人が日本語ができないインド人に教えるので、ゆっくりではあるが日本語をまなびつつ、仕事もこなすようになっている。
 困ったことはとくにはないが、 強いて言えば家族をつれていきている厩務員がいるのだが、妻である女性が全く出歩いたりできないのが気になっている。また、職場が地方にあることも考えると、運転免許証の取得は必須となるため、もう少し外国人の免許取得についても行政の協力があればと願っている。
 インド人の子どもたちについて、普通の公立学校に子供は通っているが、1年目は国から。2~3年目は市町村のサポートが受けられる。 日本語に関しては子供の方が早く習得している。

他の外国順厩務員について

 南アフリカ人は優秀だと聞いている。しかも、元々の生活や給与が日本もほど良くないため、一生懸命頑張ってくれるとか。 フィリピン人の厩務員も多くいるが、時々、見ていないところで怠けていた…なんていう話も聞く。そのなかで、 インド人は非常に真面目だが、技量に応じて要求事項が増えてくる。帰国時期を守らないなど、時間にルーズなこともしばしば。その都度、契約書にある内容を確認して、納得してもらうよう努めている。
 また、日本競馬の特徴として、アメリカ式の乗馬スタイルが好まれる傾向にある。そのため、インドなど、イギリス式の乗馬スタイルを採用している国々の調教師では、若干のずれがあることは否めない。ベネズエラなど、アメリカ式の調教ができる外国人や厩務員がいれば…と、思う。


馬の世話をするインド人厩務員(守秘のため画像加工)© 2023 Liem

インド人厩務員へのインタビュー


 この厩舎にいる全員がジョドプール近郊から来ているマールワーリー。マールワーリー馬を飼育していたわけではなく、インドにある競馬場にて勤務していた。マールワーリー馬は主に曲芸や、マールワーリー馬だけの競争をやっている。その仕事には従事していない。インドにはハイデラバード、デリー、プネー、チェンナイ、ムンバイなど、いたるところに競馬場があり、そこで働いていた。インドで働いているときも、基本的には単身赴任で、業務に一区切りつけば実家に戻って休暇を過ごす…というスタイルだった。

 仕事の内容は日本とインドでもあまり変わらないが、 少し日本の方が業務量が多い。具体的な例としては、インドでは出走前にグルーミングをするだけだが、日本では出走後も含め頻繁にグルーミングをする。
 メンバーの中には、インドで騎手をしていた者もいるし、厩務員の経験しかないものもいる。フランスなど、他の国の騎手は日本でも騎手ができることもあるが、インドからはできない。もし、騎手になれるなら、もちろんやってみたい。

  私は元々、北海道浦河町で仕事をしていたが、寒さが堪えたので異動した。とにかく寒いことがつらかった。今のところ、ここで長く務めたいと考えている。

インタビュー後に感じたこと

 急にインド人厩務員が海外へ赴任しているわけではなく、日本が赴任先に加わったことがきっかけになって、インド人調教師や厩務員が増えたようだ。どのようにしてエージェントが日本の需要に気づいたのかは今後調査したい。

 国や都道府県としては、「実は」外国人厩務員採用については消極的で、効率的な受け入れ体制ではないことが判明した。しかし、今後は調教師個人の努力に頼るのではなく、全国の競馬場やと官公庁が、外国人従業員の採用にあたっての規則や支援を手厚くしていく段階にきていると考える。

 各地の多文化共生と共通する境遇もあるが、厩舎という閉じた世界ならではの苦労もあるかもしれない(一旦仲良くなれば、非常に良い環境になるかも)。また、帯同家族に関する悩みは浦河町のインド人厩務員と全く同じで、かなり印象が残った。

インタビュー中の様子(守秘のため画像加工)© 2023 Liem

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