②家出騒動
ある日曜日の夕方、母から電話がありました。
「わたし、今から家を出るわ」
ん?なんのこと?
「父さんが出てけと言うから、出ていくことにする」
はぁ?
実家へ行ってみると、どこへ行くとも言わずに出たようで、慌てて探しに出ました。
母は、近所のかかりつけ医付近の道路をうろうろしていました。
この道路は少し入り組んでいるので、運が悪ければ見つからなかったかもしれません。
父は口が悪いので、それに我慢できなくて出てきちゃったのかなぁ。
まずは私の家に連れてきて落ち着かせ、事情を聴いてみました。
母曰く、「父は毎晩女と電話をしているのよ。私の耳元で!
女には子どもがいるの。だからお金がいるのよ。
そしてその女がさっき車でやってきて、3千万円を渡したみたいなの。
もう我慢できないから、出ていくのよ」とのこと。
父は携帯電話を持ってはいますが、使っていませんでした。なぜなら、耳が不自由だったからです。
かつ、重度の心臓病で、当時家を出ることすらろくにしていなかったので、父が接触している「女」とは、思いつく限り母しかいません。
さらに、3千万円という突拍子のない金額はどこから来たのか不明ですが、いずれも作り話であることは容易に分かりました。
しかし本人は、真剣に信じています。
物置の奥から、全く使用されていない父の携帯電話を取り出し、通話履歴どころかそもそもの充電が切れていることを確認しても、
その後父の携帯電話の契約を店で解除し、目の前で破壊して処分した後も、
「私は間違いなく電話で話してるのを聞いた!」の繰り返し。
だったら、その場面の写真でも撮って見せてよ。それなら信じるよ。
と言っても、同じことの繰り返しで、その後、家出騒動は2回ありました。
その他にも、謎な話はたくさんありました。
「父さんが私を殺しに来る!」と言って、実家の私の部屋で鍵をかけて寝るとか、
「あんた、私の通帳盗ったでしょ!返して!」と朝な夕なに私を怒鳴りつけるとか、
「あんたが父さんの布団に潜り込んでるのを見たのよ。私は黙っているけど、そんなことをしたら社会的にどうなるか、分かってやっているんでしょうね?」と朝一で叱責したりとか、
「女は全部で3人いるのよ。あの病院の看護師なの。私知ってるんだから!」などと根も葉もない話で怒り、父の診察の同行を拒否したりとか。
父が心肺停止で倒れた20数年前から、母はどんな時でも、父の診察には必ず付き添っていました。
しかし、この時初めて、それを拒否したのです。
こうした謎の口説きは日に日に強くなっていき、当然、私のストレスも日ごと増えていきました。