子どもの頃の話を書いたので、少し続けてみようと思う。
時は昭和の高度成長期。デザイナーになった経緯の中でも触れたけれど、私は小学校で先生に目をつけられてしまい、いじめられていた。
苦手な体育の時間はもとより、それ以外でもことあるごとに馬鹿にされた。
国語・算数・理科・社会は得意だったし、図工も両親のおかげで(父は家具職人で母は洋裁をやっていたという超器用ファミリー)問題はない。音楽は別の専門の先生が担当していたので手が出せない。
だからホームルームの時間や雑談は要注意。とは言え、防ぎようもないので、覚悟しておくしかない。
本人は漫才の「いじり」のようなもので面白いと思っていたようだけど、人の欠点をあげつらうなんて、もちろんまったくなにも面白くない。まだ小学生だし、言い返すなんてできない。体育の時間に倍返しされても困る。
私なりの精一杯の抗議として、彼の前ではまったく笑わず、どこかで見かけても遭遇しても極力無視した。弱い立場だけど、だからといって屈してたまるか。
甘い罠
家庭科に関しては、洋裁は難なくこなしていたし、彼にしても昭和の男性教師だから、たいして知識もなかったんだと思う。たまに嫌味を言われるくらいで、まあまあ平和な時間だった。
油断していた。
その日は和菓子を持参するように言われていた。うろ覚えだが、指示は饅頭か羊羹。持ち歩きを考えて、小ぶりの茶饅頭を持って行った。
家庭科の時間。始まったのは礼儀作法のようなテーマだったと思う。
早速前に呼び出され、みんなの前に座らされた。設定はお呼ばれした訪問先。
その饅頭を上品にお行儀よく食べてみせろ。
母が昔お茶を習っていたこともあり、たまに作法みたいなものをちょっと教えてくれることもあったけど、饅頭の食べ方なんて聞いたことない。
かぶりついちゃいけないんだろうくらいは推測できたので、まずは一口分ちぎって、向こうの出方を見ることにした。口に運ぶと、途端に勝ち誇ったように言い始めた。
「おまえは饅頭をそんなふうに食べるのか。」
食べないよ、だいたい普通、饅頭なんてかぶりつくもんじゃないの?
そう思ったけど黙っていた。
そんなに細かくちぎって食べるなんておかしいだろ。おまえ、饅頭の食べ方も知らないのか。なんだ、その食べ方は。
そして私を前に座らせたままで、小学生相手に得意満面で正しい食べ方の知識を披露し始めた。
知らないことを教えるのが先生なんじゃないの。
自分が知ってたからって偉くないぞ。ていうか、それ、先生用の教科書に書いてあるだけじゃないの?
その時、ノックの音がした。他の先生が顔を出し、ちょっと来てほしいと呼び出した。彼は教室を出て、あとについて行った。
騒乱
戸がしまった瞬間。ほぼ同時多発的に、それは起きた。
それまで静まり返って成り行きを見ていたみんなが、身振り手振りを交えながら突然騒ぎ始めたのだ。
「早く、早く!」「今のうちに食っちまえ!」
男子の何人かは立ち上がり、腕をぶんぶん振り回していた。見張りに立つ子もいた。
外に聞こえないように抑えた声ではあったけど、クラス全員が一体となって、私に向けて叫んでいた。
はっとして我にかえり、大急ぎで饅頭にかぶりついた。礼儀作法なんてクソ喰らえだ!(言葉悪くてごめん)
そうして喉に詰まらせそうになりながらも、残りの饅頭をあっという間に飲み込んでしまった。
先生が戻ってきた時、饅頭はひとかけらもなく、彼が出た時そのままの位置に私は座っていた。クラス全員が何事もなかったかのように着席して黙っていた。
なんだ、もう食べちゃったのか。
残念そうに彼は言い、私は自分の席に戻された。
共犯
きっと他のみんなは忘れてしまっただろうけど、この日のことは奇妙にねじれた幸せな思い出として私の心に残った。
あの瞬間。長くてもたぶん1〜2分の短い間だったけど、確かにあの教室にいたみんなが私の味方だった。
私がいじめられるのを見るのは、みんなずっと、きっと嫌だったんだ。相手が先生だからなにも言えなかっただけかもしれない。次のターゲットになるのは誰だって嫌なのだから。
だけどあの時、私たちは大人の先生を出し抜いて、ちょっとした秘密を共有した。
孤立してると思っていても、意外と味方はいるものだ。この出来事があったから、卒業まで耐えられたのかもしれない。
おまけ:正しい饅頭の食べ方
私が持って行ったのは小さな饅頭だったから、そのままかぶりついたって、そこそこ上品に食べられたと思うけど、この日、彼が小学生相手に得意げに披露した饅頭の食べ方はこうである。
饅頭をまず、手で半分に割る。
その半分を半分に割る。
そうして適当な大きさになったら口に運ぶ
不必要に意地の悪い教え方のおかげで今でも覚えているけれど、あれから半世紀近くが過ぎた今でも、改まった席で饅頭が供される場面に遭遇したことは一度もない。
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