[脱線する感想]本と絵画の800年 吉野石膏所蔵の貴重書と絵画コレクション
毎度のことながら、会期の後半駆け込みで行ってきました。本と絵画の800年、練馬区立美術館。
実は割と馴染みのある業界なんですが、建材メーカーの吉野石膏がこんな素晴らしいコレクションを所有していたのは知りませんでした。いつもながら練美のセレクトには唸らせられてしまいます。
さて今回のコレクション。本と絵画とタイトルがついていますが、やはり圧巻は本の展示でした。文字、挿絵、紙、印刷、装丁…… 本はさまざまな要素が詰まっているので、一冊、一頁だけでも観るところがたくさん。練馬区立美術館は鹿島茂氏のコレクション以降、度々本の展示があり、毎回美術好き、本好きの目を楽しませてくれます。
2階 ヨーロッパの美しい時祷書たち
展示は12世紀前半、グレゴリウス1世「福音書講和」零葉から始まります。時祷書を中心としたコレクションは文字も周りに施された装飾も美しく、まさに美術品。
面白いのは、今の時代の私たち(デザイナー)もするようなデザインの遊びやアクセントが、この頃すでに見られるということ。文章の最初の文字を大きく扱ったり、文字組の形を遊んでみたりするのは今では定番化しています。罫線のあしらい方や空間の使い方なども工夫を凝らしてあり、大量生産前のもののせいか、寧ろ今よりバラエティがあって、参考にできそうなヒントも見つかりそうです。
彩色写本の作り方の説明や道具の展示もあって、道具好きにはたまりません。羊皮紙を準備したらまず文字を書き、それから周りを装飾していくんですね。確かに最初に装飾してしまったら、文字を書く方は相当のプレッシャーになりそう……(という原因ではないと思いますが! 逆だと文字を書く時に装飾部分がこすれてしまうのかな??)。
文字を書く前にはガイドラインとなる罫線を入れるんだそうです。そういえば、PC以前のデザインカンプでも、見出しなどの文字は手書きすることが多く、目立たないように罫を入れて書いていました。
正方形にきっちり入るような文字を書けるように練習もしたっけ。そんな訳で、間違ってしまった時はどうしていたのかなあ、などと自分ごとみたいに考えながら、展示を見ていました。(ロットリングでケイを引いてた時は間違うとカッターのへりで台紙を薄ーく削るんですけど、同じような感じかしら……?)
写字台のレプリカや、鎖付き聖書と書見台のミニチュアなどもあり、当時の様子を想像しながら観ることができる演出になっています。羊、山羊、仔牛の3種の羊皮紙のサンプルもあって、これは触れる展示。どれも普通の紙より厚くてハリがあり(思わずハリを確かめてしまうのは職業病か)、山羊の羊皮紙が一番白くて、他に比べて若干柔らかい印象が。高級品か?……なんてことを考えてしまう。
3階 19世紀の出版
上の階に移動すると、今度は19世紀のイギリスでした。一見して階下と同じような雰囲気の本が並ぶのですが、産業革命の反動からか、中世・ルネサンスを模式するのが流行したんだそうで。昔のスタイルが流行するというのは普遍の現象。
しかしながら、中世のスタイルを踏襲しながらも、とてもモダンなアレンジも時に加味されて、時代に合わせてアップデートされているのがわかります。装飾や画風にかわいらしさ、みたいなものが出てくるのもこの頃なのかな。
そしてさすがは産業革命。この頃から出版所というものが登場。この展覧会ではその中のエラニー・プレスという出版所に焦点を当てています。設立したのはピサロの息子、リュシアン・ピサロ。
父カミーユの絵画も展示されていましたが、このリュシアンの作品群はとても新鮮で見応えがありました。イラスト(絵画というよりイラストという感じ)の他にレイアウトもしており、なかにはひどくモダンなスタイルのデザインも。“カロリング小文字体をベースとしたディステル・タイプ”というちょっと丸みを帯びた独特のかわいい文字もデザインしていて、今でいうと、イラストレーター兼デザイナーというところでしょうか。多才。
他にもウイリアム・モリスや、なんだこれ、やけにかっこいいなあと思ったら挿画がオーギュストロダンだったり! シャルルペローの本やアール・ヌーヴォーの様式も出てきて、この部屋の展示は隅々まで楽しい。
印刷機の実物展示はなかったんですが、写真パネルがありました。昔の足踏みミシンを彷彿とさせるデザインの「アルビオン印刷機」。足の辺りとか不必要に装飾的で良い感じです。(撮影禁止区域内だったので、見たい人は検索してみてください)
本が圧倒的でしたが、絵画も何気なく巨匠の作品がどかどかと(?)展示されており、間近でじっくり観ることができます(こういうところは欧州の小さな美術館みたいで好き)。前述のピサロの他に、ピカソやルノワール、マティス、シャガールも。
カンディンスキー、ブラック、ミロ。この辺はデザイン学生時代に好きでした。懐かしい。
3階 日本の絵画たち
通路を挟んで反対側に行くと、今度は日本絵画が並んでいました。前半にも藤田嗣治などがあったけど、こちらは純国産なラインナップ。いかにも企業のコレクションという様相です。このあたりはまったくよくわからないので(西洋絵画に詳しいわけじゃないけど、日本絵画はかなり疎い)ピント外れかもしれないけど、日本らしい題材でも大胆な構図やモダンなものが多い印象を受けました。
有名どころ(←身も蓋もない言い方でごめん)は棟方志功や東山魁夷。東山魁夷の青い世界は、見ていると静寂という音が聞こえてきそう。
棟方志功の暮しの手帖への自筆原稿には、赤鉛筆で「8ポ24字詰」という文字指定が書き込まれていて、ちょっぴり身近に感じます。こういうの書いてた書いてた(ポじゃなくてQだけど。*ポ(ポイント)、Q(級数)は文字の大きさ)。
とても面白くて展示ケースをぐるぐる回りながら見入ってしまったのは暮しの手帖のぬりえ。1951年に当時の代表的な洋画家たちが下絵と原画を提供した…とありますが、この原画が「ぬりえ」というイメージから程遠くてとても良いんです。
クレヨンで塗ってる。ねこのぬりえとか、すごくいい。
私が子どもの頃は色鉛筆ではみ出さないように塗ってた気がするんですが、そんな決まりはない!とばかりに下絵なんて見えないくらいに自由に塗り込んでいて、ただのぬりえクオリティじゃない。クレヨンでぬりえ。いいなあ……(と思ったら急にぬりえしたくなってしまいました)
これに関連して暮しの手帖のクレヨンの評価という記事も展示されていました。9人の画家たちに各社クレヨンをメーカーがわからないようにして試してもらい、その色ごとに評価をしてもらうというもの。
テストに使った紙も展示されているので、クレヨンの実際の色も自分で確かめることができます。
帰って図録を読んだら、この企画は当時の暮しの手帖社社長と三岸節子の会話から生まれたそうで、なんとなく最近の仕事とのご縁も感じたり。
学割初の展覧会でした
だいぶ傍にそれましたが、いつもながらとても充実した展示に満足して帰ってきました。中村橋の駅からは恒例の展覧会フラッグ。道の反対側にはハリーポッターのフラッグが下がっていました(6月にオープン!)。
今回はこの春入学した大学の学割を初めて使って200円引きで入館したんですが、図録やらポストカードやら、グッズも思わず買ってしまって、節約分はどこへやら。カンディンスキーのクリアファイルがカッコ良いです。しおりも素敵。
ポスターも200円で売っていたので(ちょうど割引分!)買ってきました。練馬区立美術館では展覧会ポスターをそのまま売っていて(たぶん毎回?)、安価なので気軽に買って部屋のあちこちに貼っているんです。
そろそろ貼るとこ、なくなってきたんだけど、どこにしよう……
余談
吉野石膏のコレクション以外に、ところどころで慶應義塾図書館蔵という本も展示されていました。
ところが、図書館蔵なので図書館のラベルがしっかり貼り付いているんですね。大切に収められた展示ケースの中の「図書館の本」。番号だけならともかく、バーコードまでくっついちゃってるとどうも…仕方のないことなんでしょうけど、これ、ちょっと変な感じでした。
以前、鹿島茂コレクションの時にギャラリートークで、鹿島氏がコレクションのきっかけとして大学で資金を出してもらって貴重本を購入したところ、情け容赦なくスタンプを押されてしまって……というお話を聞いたのですが、まさにこういうことなのかと。
慶應義塾図書館がどうのという話ではなくて(というか、こういう本を図書館で見られるとは誠に羨ましいのですが)、今はいろんな技術があるんだから見えないように、あるいは目立たないように識別できるようにするとか、なんとかできるようになるといいのになあと思います。
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「本と絵画の800年 吉野石膏所蔵の貴重書と絵画コレクション」は2023年4月16日(日)まで。会期、もうちょっとありますね。(月曜休館)
練馬区立美術館は西武池袋線「中村橋駅」下車3分。
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