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鰻重と瓶ビール

 ビルとビルの間で熱風が渦巻き、Tシャツが肌に張りつくそんな季節。
当時付き合っていた彼が珍しく都内で待ち合わせようと言ったので新宿で落ち合った。
店々がラストオーダーを取ろうとする時間にこの辺りにいい店があるんだよ、という彼に連れられていかにも老舗であろう鰻屋に入った。初めてのオトナな店。

一品ものは既に終わっているので鰻重だけならということだった。老夫婦が営む、カウンター4席と3テーブルほどの小さな店だが情緒があった。厨房の方から主人が怒る声が聞こえた。

多分、なぜこんな時間に客を入れたんだといったところであろう。
突出しは、タコとワカメの酢の物と芥子菜の酢味噌和え。そして瓶ビール。
やがて出された鰻重のなんと美味しこと、また私の顔を嬉しそうに目を細めて眺める彼の優しい笑顔をいまだに憶えている。


 2015年の初夏、南浦和駅前の焼肉屋さんで彼と初めて会った。当時私は美容学生で髪色はミルクティーベージュ、プチプラブランドで揃えた流行りの服。とりあえず派手だった。対して彼は15歳上でスーツ姿のちょっとくたびれた印象のサラリーマン。
仕事は経営コンサルタントと言っていた、が後にそれが嘘だとわかる。ちなみに私はその嘘に薄々気づいていた。
仕事のこと、恋愛観、お互いの趣味の話で一通り盛り上がった後その日は互いの帰路に着いた。

次の週、長野でワインを買い過ぎたので飲みに来ないかということで彼の家に行った。
都内某所、新築の1Kには60インチのテレビ、窓辺には観葉植物と書類が山積みのデスク。そのとなりには謎のターンテーブル笑
キーボードや乱雑に置かれた服、積み上げられた本の山。生活と趣味がごっちゃになっていた。
コンビニで買ってきた生ハムとチーズを並べた小さなローテーブルを囲む。
酔った私はベランダでタバコを吸っていると彼が後ろから抱き付いて耳元でこう囁く。
「なあ、俺たち付き合わない?」
私は小さくうなづいて振り返り唇を重ねるとどこかの歌詞に出てきそうな甘くて切ない
“flavor”がした。

 私たちの性格は真反対だった。彼は安心安全安定、石橋を叩いて歩く感じ。
青山の小洒落たカフェより赤羽の大衆的な焼き鳥屋の方が好きなタイプ。対して私は
田舎から出てきたばかり、大いに東京かぶれしたい盛りだった。常に面白いことはないか探して歩いてはとにかく変化が大好き。刺激的な生活を送りたいタイプだった。
やがてすれ違いが多くなり、あまりに幼稚だった私は彼の負担になっていった。
付き合い始めて半年が経った頃、親戚の子供の面倒を見てるみたいだから別れたいと言われ別れた。なぜ私と付き合ったのか聞くと職業柄先見の明を鍛える必要があるので見聞を広げるため今まで会ったことのないタイプの私と付き合ってみたとのことだった。私は研究材料だったようだ。
ここでタネ明かし。鈍く黄土色に光るバッチを見せられる。ほーらね、やっぱり笑

 結果はどうであれ若い時に年上の男と付き合ってみるというのはいい経験だった。
さまざまな世界を見せてくれるし学校の課題でレポートをの締め切りが迫っている時には嫌々言いながらも手伝ってくれて、それがまたまさしくプロの仕事のそれな訳で。
私にとっては憧れのThe Tokyo Life。
あの鰻重のお店はもうないし、彼と二度と会うことはきっと無い。
あの時の新鮮な気持ちはもう味わうことは出来ないしキラキラした日々は帰ってこない。

これからの私の人生で今が1番若いのだから

その瞬間瞬間を大切に楽しまなくては!

 

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