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掌編小説 『 絶滅博物館』

 父さんに連れられて、絶滅博物館へ行く。此処ここには絶滅した生きものたちの、模型や化石や剥製が、たくさん展示されている。

 とても巨大な施設だ。まるでひとつの街のよう。複数のエリアに分かれていて、一日では到底回りきれない。だから去年の夏休みも、一昨年の冬休みも、此処へ来た。きっと来年の春休みも、此処ここへ来るのだろう。

 探検気分で、僕らは館内へと入る。まだ訪れたことのないエリアに向かった。

「ほら、マンモスだよ」

 父さんが分厚い毛皮で覆われた模型を見上げる。ぐるんと巻いた二本の牙に、長い鼻。なんて大きな体だろう。一体なにを食べていたのだろう。彼の生涯は、僕の想像の外にある。

「こっちはステラーカイギュウの骨格標本だ。向こうはピンタゾウガメ。それからカリブモンクアザラシに、タスマニアタイガーだ」

 すらすらと名前を挙げるが、父さんはただプレートを読んでいるだけだ。僕より長生きの父さんだって、らない生きものはいっぱいいる。見たことのない生きものは、いっぱい、いる。

「どれも僕が生まれる前に絶滅してしまったんだよね。本当に、もう生きているのを見ることはできないの?」

「そうだよ、残念だけどね。ごらん、ジャイアントパンダの剥製だ。実にユニークだね、この体の模様は」

 どうしてこんな風に二色に分かれているのだろうと、父さんは顎をさする。

 僕はつくりものの目玉を埋め込まれた剥製たちの名前を読み上げる。

「シロサイ、ホッキョクグマ、トキ、ラッコ、イヌ……、」

 とりわけ珍しいかたちの生きものに、目を見張る。「父さん、来て!」急いで父さんを呼ぶ。

「どうしたんだい、」

「見て、この生きもの……」

 僕が指差した剥製を見て、「ああ、」と、父さんは頷く。僕は父さんに抱きついた。

「怖いよ、悪魔なの?」

 h_rと父さんは笑って、

「いいや、これはニンゲンだよ。かつて地球と云う星で、一番に栄えていた生きものだ。他の生きものを家畜化したり、次々と絶滅に追い込んだんだ」

「そんなに強い生きものだったのに、どうして絶滅してしまったの?」

「判らない」

 父さんは頭を振る。

「それは誰にも判らない。この剥製は、発見された最後の生き残りだったようだ」

 僕はこわごわと、ニンゲンの剥製を見つめる。僕と同じくらいの背丈。きっと子どもだ。ほんのちょっとだけ、親しみがわいた。すべすべした腹部に開いた小さな穴は、もしかすると致命傷だったのかもしれない。

 やはり今回も博物館を全て見て回ることは出来なかった。帰りの飛行蟲の中で、僕は父さんにたずねた。

「もし僕らが絶滅したら、僕の剥製も博物館に飾られるのかな、」

「縁起でもないことを云わないでくれ、パs;ℓ。そうならないことを、心から祈るよ」

 父さんはそう云っていびきをかきだしたけれども、僕は剥製になるのは全然悪いことだとは思えなかった。

 どれだけ強くて、どれだけ栄えた生きものだって、なぜだか判らないけど滅びてしまうんだろう。だったら、その後に、こんな生きものがこの宇宙にいたんだよって、剥製として永久に紹介されるのは、素敵なことじゃないか。

「でも剥製になって博物館に展示されたら、残りの夏休み、何処どこへも出かけられないよ」

 隣りの席に、あのニンゲンの子どもがすわっていた。識らない間に、R_ュ_hデータをコピーしていたみたい。これって僕の内緒の得意技だ。ただのデータのコピーだから、すぐに消滅してしまうけど。

 そうだね、と、僕は頷く。

「まだまだ絶滅するのは後のことにしてもらおうかな」

 ニンゲンは笑った。多分、笑った。「僕らもそう思っていたんだよ」

「ならせめて、夏休みが終わるまでは、待っていてもらいたいな」

 僕らを乗せる飛行蟲の下に、絶滅博物館が見える。ひとつの街のような、広大な博物館。再来年には、また新たなエリアを増やして、拡張するらしい。館内全てを回りきることは、もしかしたら不可能なのかもしれない。



【 終 わ り 】

*ギャラリーより素敵な作品をお借りしました。どうもありがとうございます*

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