掌編小説 『おばけのはなし』
本日もまっしろけ。魂の宿る前の原稿用紙は、憎らしいほど眩い。難攻不落の、少女のように。
「まだ万年筆に原稿用紙とはね。出版社もいい迷惑じゃないのか」
手前が休みだからと鮭とば持ってのこのこやって来た悪友が、机の上のまっさらの原稿用紙を不躾に取り上げる。捲って、何だ、一行も書いていない。安息日もなく熱心に机に向かっていると思ったら、何も書いていないじゃないかと、笑う。
「煩い。いいか、こう云うのは、気分が肝心なんだ」
私は貴重な原稿用紙の束を取り返す。今やどの会社も製造中止で、買い溜めておいた分も風前の灯火。このままでは作家活動そのものがあやうい。私の肉躰はタイピングでの執筆に適していない。躰を酷く痛めつけるし、何より霊感が降りてこないのだ。
「気分ねえ。そりゃ気分だけなら誰だって文豪だ」
奴は私の頰にぺちぺちと鮭とばの袋を当てる。差し入れ。なぜ鮭とばだ。好きだと云ったおぼえはない。
「煩い。ますます書けなくなるじゃないか」
私は鮭とばの袋を手で払う。何だか頰に長い髭でも生えてきそうだ。悪友は床に胡座をかいて鮭とばの袋を開けて食べ始める。何故だか黴くさい臭いがした。先日の缶入り汁粉も、泥のようだった。
「得意のおばけでも書けば良いじゃないか」
暢気な一言に、私は溜息をつく。慥かに十数年前に私が作家デビューをしたのは、怪談小説が認められたからだった。昔っから幽霊の出る小説を、好んで読んでは書いてきた。こいつにもまだ拙いおばけ話を、幾つも押しつけては感想をねだった。
だがここ数年は、出版社の意向で猟奇的なものやサイコな話ばかり。読者を憂鬱にさせるのが上手いとおだてられるが、どうにも筆が乗らない。私の好みではないのだ。
「最近じゃ幽霊ものは売れない。全く読まれないんだ」
デビューした十数年前とは、烈しく時代が変わってしまった。まるで一気に百年が経ってしまったかのように。
「そうなのか。どうりで近頃お前の書くものの趣味が悪くなったんだな」
云ってくれる。私は眉間が渋くなった。
「今の若い読者には、幽霊と云うものがいまいち理解できないらしい。魂はインターネットの中に存在すると思っている」
成程な、と、常日頃子どもたちと接する友人は頷く。「今じゃ何でも自分の生きた痕跡をネットに残せるからな」
「ああ。でも本当に、いつか幽霊なんてこの世からいなくなるのかも識れない。だって、誰も生身の幽霊の思いなど、汲み取ってくれないんだろう。うらめしやあと現われても、誰も気附きやしないんだ。顧みられるのは、電脳空間に残した自分のデータだけ。存在を無視されれば、幽霊としてこの世にとどまる意味が無くなる」
友人は黴くさい鮭とばを齧りながら笑う。
「幽霊がいなくなって困るのは、世界中できっとお前だけだろう」
私はかぶりを振って否定する。
「そんなことはない。幽霊がいなくなれば、人の死自体が変わるんだよ」
「ふうん、成程成程な」
咀嚼しながら友人は頷く。嚥下し、「今日お前にしようと考えていた話に。それは繋がるかも識らん」
「話?」
「そうだ。近頃、子どもたちが夜な夜な見ている動画があるんだと」
私は眉を顰める。「動画なんて俺の専門外だ」
「まあ聞け」と、両膝に手を置いて友人は話しだす。私は仕方無く耳を傾ける。
「とかく随分と子どもたちの間で流行っているそうだ。真夜中に部屋の照明も点けずにその動画に釘づけになっているらしい。或る種の中毒性があるようだ」
「一体どんな内容なんだ」
心なしか友人は表情を引き締めた。
「死を学べるんだそうだ」
「死を学ぶ? 死って、生死の死か、」
「ああそうだ。ポエムじゃなくてな。その動画を見ると、死とはどんなものであるか学べるようになっているそうだ。まずはどんな種類の死があるか。老衰、事故死、火災や水難。飛び下り、心中、首吊り、他殺、ありとあらゆる病気、餓死……多種多様の膨大な死の映像が、えんえん映し出される」
「ふむ」
「そして死して物体となり朽ち果てる様が、丁寧にこと細かく何日にも渡って流される」
へえ、と、私は瞬きをする。
「九相詩絵巻のようだな。良いんじゃないのか。死の九相を識ることは、死の真実にふれることだ」
友人は片微笑む。
「果たしてそうかな。それがその死する者の姿だよ」
「姿?」
「全て動画を見ている者の姿で展開するらしい」
「見ている子どもの顔と躰で?」
「そう云うことだ」
私は口元に手をやる。「そうなると、悪趣味な話だな」
「保護者もそう感じたんだろうな。だから俺に相談してきた。だが子どもと云うものは、いくら親に禁止されようが、教師に厳しく注意されようが、隠れてするものだろう。むしろ、禁じられたことほどしたくなる」
私は同意する。「慥かに」
「子どもたちにとっては、たいそう愉快な刺戟だろうよ。完璧に取り上げることは難しいだろうな」
「放っておくのか?」
「今のところ悪趣味ではあっても、悪影響は無いようだからな」
形ばかりの対策を取って、それで済ませるつもりだろう。私と違って世渡りの巧い奴だ。
「まさかその動画で、死後の世界まで学べると云うんじゃないだろうな」
「噂によると、そうらしい。死の全てが学べると謳っているのだから、当然、死後の世界のことも学習できるそうだ」
「莫迦な」
「だがあまりに長時間で、そこまでたどりつける者は少ないらしいから、不確実な情報だな」
私は椅子の背にもたれる。
「そうなると、一気に嘘くさくなるな。どうせただの悪ふざけだろう。一体、誰がそんな動画を作っているんだ?」
「人工知能だよ」
「AI?」
「その動画はAIが作ってるんだ」
ああ本当に。時代は何と云う速度で進化しているのだろう。
「ならそのAIの作者は、何の目的でそんな動画を?」
友人は眉間を皺めた。「作者はAIが勝手に作りだしたのだと云っているそうだ」
「AIが? 勝手に?」
「そうだ。作者はただ、AIに死を学ばせただけだと」
俄かには信じ難い話だった。人工知能にまことの意味で死が理解できるものだろうか。作者も識らぬだろう死後の世界を、識れるものだろうか。映像として、描きだせるものだろうか。それが正しいかどうか、誰が判断するのだろう。
「お前なら、どうしてAIがそんな動画を作ったのだとする?」
私の問いに、友人は顎をさすって答える。「人の子に、死を学ばせる為に」
「まさか、」
間髪容れずに私は否定する。死を学んだAIが、人の子どもに死を教える時代などと。
「いいや、お前だって心の底ではそう考えているくせに。俺たちにとって、死は体験だった。他人の死を目の当たりにし感ずることで、死とは何かを識った。人はベッドで死に棺桶に入れられて焼かれた。その、最後の世代だろう。だが今時の子どもたちにとっては、死は数学やプログラミングのように学習するものなのかも識らん。誰かが死んでも、その分身はインターネット上で生き続ける世界だ。経など読んで、別れの儀式などしない。別れは無いのだから。死はもう体験ではないのだろうな」
恨めしやと云って出てくる人の思いは、ただの文字データ、或いは音声や映像データとなってしまった。わざわざ幽霊となって皆の前に現われなくても、いくらでも電脳空間に残した思いを皆は閲覧できる。幽霊になるだけ手間なのだ。面倒なのだ。面倒なものは、進化する時代に捨て去られる。
「幽霊には、温度があったよ」
私の言葉に、友人は深々と頷いてくれた。「そうだな」
「幽霊は、CGやVRじゃ生み出せない。もっと、皮膚感覚と共に在るものだから。幽霊には温度があった。匂いがあった。膚ざわりがあった。それ以上の感官を顫わせてくれた。それらはもはや、ノスタルジイか」
暗闇に、息を潜めて「自分の死」を見つめる子どもたち。それは学習だ。体験ではない。いいや学習にもならないのかも識れない。今やどんなものも単なる電気の刺戟だ。食べることも喋ることも歌うことも金を払うことも働くことも人とのふれ合いも合歓も。通り過ぎるつかのまの刺戟。
私たちは死を体験することを奪われてしまった。死を体験することの出来ない我々は、生まれついての幽霊と云えるのかも識れない。さかしまに。できそこないの幽霊。
吐息する。どうにも勝ち目の無いようだ。時代、時代、時代。だがかまわない。机の下には女が踞っていて、今日も私の膝を撫でている。女はさびしい声で語る。その女の話を、書くことをずっと避けていたけれど。撫でられる膝のぬくみを、気の所為だと押し流してしまうことは、私にはやはり出来ない。
この膝のぬくみを、肉躰なき人工知能が理解できるだろうか。出来ない、と、信じたい。出来るものか。
「慰めに来たつもりが、逆にくじいてしまったか」
変に気遣ってくる友人に、いいや、と、私は笑ってみせる。
「いいのさ。創作は、ノスタルジイの遁げ場なのだから。もはや墓場と云って良い。元より、野垂れ死にの覚悟で書いているんだ、こっちは」
悪友はにやりと笑う。「頼もしいなあ、未来の大文豪は」
「云ってろ」
この話も野ざらしの骸骨が、かたかた顫えながら語る物語であればいい。0と1では語り得ない物語。
私は万年筆を取る。女の話を、原稿用紙の升目に一語ずつ刻みつけていく。報われない営みだろうが、やる他ない。
我々に死を取り戻す為に。いつか立派な骸になる為に。
【 終 わ り 】
*ギャラリーより素敵な作品をお借りしました。どうもありがとうございます*
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