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自分が作ったお菓子を初めて自分で売った時の話

自分自身の焼き菓子ブランド「ル・シャンティエ」を作ったのは2005年です。
その前の年に通っていたフードコーディネータースクールの先輩が紹介してくれて、あるカフェが近隣にお勤めする方々に向けたランチボックスやテイクアウト用の品物を作ってくれる人を探している、という話を聴いて立候補しました。
現在も作り続けているオレンジケーキ、ブラウニー、バナナケーキの3種類のお菓子は、当時と同じ配合で作っているけれど、製法にマイナーチェンジを重ねた結果、同じ材料、同じレシピなのに見違えるほどおいしく生まれ変わったと思います。作ったお菓子を毎週、宅急便で送っていました。


今日焼いたバナナケーキとブラウニー。
材料の配合と作る手順は昔と同じ、
混ぜ方や焼き方などの技術が向上しました!


その次にお菓子を売ったのは、横浜の桜木町にあった元銀行の建物を利用したギャラリースペースです。
銀行にちなんで、当時「BankART Gallery」という名前で呼ばれていて、桜木町から海岸通りエリアに数カ所あったギャラリースペースを利用して「食と現代美術」というタイトルのイベントをおこなっていました。
2006年の2月に「食と現代美術 Part2」を開催すると聞いてギャラリーの出展者として申し込みをして、展示場の一角を自分のコーナーに借り受けて、約3週間の展示に参加しました。
合同展示のようなニュアンスで現代美術の作家さんが多く参加されていましたが、他に近くのタイ料理店、建築家、大学で食関連の講座を持つ研究者の方、のちに政治家になった芸術家や伊豆のいちご農園さんなどなど「なんで!?!?」と聞きたくなるくらいにそれはそれはもう、バラエティに富んだ顔触れとなっていました。キュレーターの方が凄腕で、募集方法が面白かったのだと思います。
私は武蔵野美術大学の「空間演出デザイン学科」を卒業し、大学時代は「照明」のゼミを専攻していたため、こういうタイプの催し物は大好物の渡りに船、ためらうことなく即応募しての参加です。
横浜を芸術都市にする、という壮大な計画が当時進められていて、このイベント参加がきっかけで大勢の素敵な方々と知り合って、楽しい経験を沢山積ませてもらったことが今も私の財産になっていると思います。

「食と現代美術」、タイトルだけでも壮大ですね。
みなさんは実際はどんな感じの展示になったと思われるでしょうか。
会場になった建物は「BankART 1929 Yokohama」と呼ばれていて、旧第一銀行の歴史的建造物をギャラリーとしてリノベーションした、非常にクールで素敵な建物です。テレビドラマやCM、MVなどのロケ地としても利用されていて、そののちに、かの「逃げ恥」第4話でみくりさんとゆりちゃんが歯の治療について話していたカフェで登場しました。高い天井にギリシャ様式の柱が配置された、大変素敵なホールです。私の最推しの方は星野源さんなので、源さんも来ればよかったのに!!!

その趣にあふれたスペースを区画分けして、たとえば東京ビッグサイトの展示会のように各出展者が思い思いに自分の作品を並べてディスプレイを施し、ギャラリー展示をします。インスタレーションや絵画、彫刻、写真、建築などなど素敵な現代美術を展示している作家さんやパフォーマーもいれば、タイ料理のかわいい三輪自動車キッチンカーもあって、混沌としていたけども素敵な空間に仕上がっていました。私はお菓子だけでは間が持たないと思って、手持ちの雑貨や自分の撮った写真を額装して並べてギャラリーらしさを出してみました。美大卒のしぶとさが活きたと思います。好きなものを並べて、それを見てもらえて、その上お金を出して買ってくれる人もいて、充実した時間を過ごしていました。その場にいるだけで楽しい、とても素敵な空気の漂う場所でした。

3週間の会期は長くて、展示が始まってから基本的に毎日行く必要はなかったようでしたが、私は毎日通っていました。営業開始の10時から17時、18時頃まで現地でお菓子販売をして、帰宅後に売れた分を製造して、また持って行って売る、という日々です。
私はなぜだか「お菓子を売りに行く場所」として認識していたので、勤勉に毎日通勤していた、という感じです。会期中に品物は意外と売れて、1日に8,000円から1万2、3千円売れる日もありました。1日3千円の日もあったけど。
沢山売れた日は帰ってから沢山作らなければいけなくて、それでも売れた分をまた作ろう!と思うと、疲れも吹き飛んでまた次の日のことを考えていました。

当時の頭の中の収支はどうなっていたかと言うと、毎日8時間ギャラリーで過ごすとして、1日8,000円売り上げたら時給千円になるからそれで良しとしよう、という計算でした。交通費、材料費分はあえて計算に入れない。時間をお金で買われているわけでなく自分の好きなことをやっているし、1個300円のケーキを30個売ったら9,000円、それで私の中では合格点で黒字です。それ以上の分が利益で良かったね、という感じです。
やりたいことをやっていてアルバイトするくらいに稼げるならそれでいいじゃないか、と思っていました。初めての商売としては成功体験だったと言えると思います。

横浜のギャラリーで過ごした日々は実際にとても楽しくて、忘れられない数々の経験をしました。
色々なお客さまにお立ち寄りいただいて、初めて並べた品物なのに、沢山の方々に直接、私の手からお菓子を買っていただくことができました。
本当に忘れられなくて嬉しかったのは「そこにあるお菓子、全部ください」と言ってくれる方がいたことです。自分で内容を考えて、これがおいしい!と思うお菓子を家のキッチンで毎日焼いて持って行って並べて、そういうお菓子に対して同じように気に入ってくれて、「並んでいるの全部買いたいからください」と言ってもらえたことは本当に飛び上がりたいくらい嬉しくて、どうやったらこの感謝の気持ちをお伝えできるだろうか、というくらいに感動する出来事でした。自分のすべてを肯定して認めてもらったような、そういう気分です。

目の前のお菓子を在庫も含めて全部買い占めてもらって、その合計金額は1万2千円ほどです。その当時作っていた量は全部まとめてもそれくらい、かわいらしいものでした。
でも、私にとっては自分の情熱を傾けているものを肯定されて、その品物に対して価値を見つけてもらったということです。その時まで生きてきたどんなことよりも嬉しいかもしれないくらい、嬉しかった。
その喜びがどれくらいかと言うと、買い占めていただいたお客さまに感謝の気持ちをどうやって表したらいいのかわからなくて、せめて可能ならキスさせてほしい、と思うくらい。
お買い上げいただいたのはビジネススーツ姿のサラリーマンの方で、一般的に言うならごく普通のおじさんです。役職に付いていそうな貫禄もあるような、ある程度年配の方です。

当時の私の年齢から見ればやはりおじさんで、仮に1万2千円あげるからほっぺにキスしてくれって言われたとしても間違いなくお断り、12万円だったらどうかわからないし、120万くれるなら間違いなくするだろうけど。
例え方がちょっと謎ですが、その時は、感謝の気持ちが伝えられるなら、私にできることでどんなことでもして伝えたい、と思うくらい、心の底から嬉しかったのです。

そして、その時に思ったのは、嬉しさというのは金額ではなく、儲かるということでもなく、自分が心から大切にしているものに対して共感してもらえたり、精魂込めて頑張っていることを評価されて、それに対して正当な対価を支払ってもらえること。私が決めた金額を受け入れて、作ったものを食べてもらって、「おいしかったです」と言ってもらえること。それ以上に嬉しいことはないし、幸せなこともない。それくらいに満たされた気持ちになりました。

「そこにあるお菓子全部ください」という方には、その後3人ほどお会いしました。
今それをやったら、一人で持ち帰れないんじゃないかっていうくらいになると思います。
「今並んでいるお菓子全種類ください」という方は、今もたまにいらっしゃいます。全種類買いは、お菓子の種類が増えた今となっては割と大変なことになります。当時はたった3種類のお菓子しか作っていなくて、それでも毎日焼いて毎日並べていました。

「おいしいお菓子」という自分の好きなものを作っている私を幸せにしてくれるのは、それを買ってくださるお客さまなのだ、ということをこの経験を通じて知りました。今もお菓子が大好きです。そして、その「好きなもの」を同じように共有してくださる方がいるということに幸せを感じます。

#ルシャンティエ #焼き菓子 #お菓子屋 #パティスリー #仕事の話

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