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時を超えて

お菓子の本を眺めるのと同じくらい、
母の手元を見るのが好きでした。

瞬く間に空気を含んでいくバター。
ボウルいっぱいに膨らんでいくメレンゲ。
つるんと張ったパンの生地。

母の手にかかると
どんな材料も魔法のように姿を変えていくので
見ているだけでわくわくしたけれど、
時々一部の工程をやらせてくれるのも
楽しみの一つでした。

例えば、
マドレーヌの生地に
溶かしバターを入れるところ。

「糸みたいに細ーく入れてね」

幼い私は人生最大の注意を払って小鍋を傾け、
「糸みたいに細くバターを注ぐ職人」となるも、
忠実すぎて日が暮れそうになり

「…もう少し太くていいよ!」

と言われたりして。

そうこうしているうちに
どんどんバターが混ぜ込まれて
つやつやの生地が完成すると、
大仕事の一端を担えたような気がして
誇らしい気持ちになったのを覚えています。

そして焼きあがったマドレーヌを
あつあつのうちに母と半分こする時間は
この上なく幸せな時間でした。


母親になって娘と初めてマドレーヌを作った時、
隣で嬉しそうに焼きたてを頬張る娘に
幼い頃の自分が重なって。
あの時母も、こんな優しい気持ちで自分のことを見ていたのかな。

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