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時間が止まるまでのはなし

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複雑性PTSDと診断されるまでの、訳もなく苦しかった人生について。「訳」を知り、これからを見つけていくための内省。
主に親との関係について、人目にふれるところでは書きにくい踏み込んだ部分を書いています。暴力などネガ…
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#機能不全家族

わたしがこどもだった頃

小学生の頃。 電話をする母親の横顔を見ながら、ふいに、すべてを諦めようと決めたことがあった。 理解を求めることも。理想とのギャップに苛立つことも。 全部全部、わたしの勝手な期待の結果でしかない。 親という存在にわたしが何を望んだとしても、彼女は親である前に、ひとりの人間で。 そう考えれば、理不尽も、不合理も、暴言も暴力も、理想とは程遠いその他すべての言動も、許すことができるような気がした。 だからわたしは、親を諦めた。 理解してもらいたい、受け止めてもらいたいと期待するこ

守るべき人

冬だったと思う。石油ストーブの青い炎を覚えているから、たぶん間違いない。 おかあさんには、かぞくはあなただけなのよ。おとうさんはしょせんたにんだから、あなたがいなかったら、おかあさんはひとりきりなのよ。 そういって泣きながら、わたしを抱きしめた。それが、わたしにとって一番最初の母親の記憶。 可哀想だと思った。泣かないでほしいと思った。守ってあげたいと思った。 早く大きくなって、お母さんを守れるくらいに強くならないと。早く大人にならないと。 それが、幼い頃の私をかたちづ