過去陶酔狂騒曲 ~AIを添えて~
なんかタイトルがローカルの暴○族みたいなネーミングになってしまいました猫暮ですこんばんわ。
いうて全然暴走する気はないんです。きわめて落ち着いています。今日も今日とて一日家に引きこもっていました。もはや○走族の対義語です。静停族です。きっとエコロジーとSDGsを目標に二酸化炭素量とか真剣に考えるタイプの族。
さて、そんなプロローグはよろしいんです。自分の過去に潜ってみるという「誰が興味あんねん!」とツッコミが入ってしまいそうなことを今からやろうとしています。
というのも、この前友人と会話している時、ふとかみ合わない瞬間があったんです。
友人vs私 ファイッ!
「自分らしく生きる」的な話題の中で、自分の時間や興味関心毎に全力投球をしたいと主張する私 vs 過去を払拭しなければ本当の自分らしさは取り戻せないのでは?と主張する友人で、静かな論争が繰り広げられました。
いうて大丈夫です。きわめて穏便な会話でした。暴走族のトップ同士でメンチもタンカも切るなんて真似はしていません。普通に仲良く、ときに激しく、ときに寄り添い、外はさくさく中はふんわりって感じの空気感です。メンチ食べたい。
どうやら、友人からみる猫暮はどうにも「逃げ続けているだけ」のように見えるそうなのです。逃げてるか…。粘り強くヒアリングと慣れない自己主張を繰り返していく中で、確かに自分にはそういう節あるなぁと。
猫暮、かなり人見知りです。人間関係全般が激しく苦手。穏便な会話で済まそうと日々努力をすれど、結局自分のしたいことが優先されてしまうので、人からすると厄介な性質をもっています。
もちろん、その中に友達と遊びたい!とかお話を聞いてみたい!ってのも含まれてはいるんですけど「自分が話したい聞きたい」って根源的なモチベーションがないと興が乗らないのです。
なのでビジネス的な飲み会とか一切いかない。トモダチヅキアイも、変に取り繕うよりはとかなーり人を選びます。人を選ぶと言うか、そもそも選ばれないようにしているというか…。
ただ、まるっきり社会不適合な立ち回りだな~って自覚はさんざんしているので、決して万人にはオススメできないし、オススメする気もない感じに生きている。
友人曰く、多分これが「逃げ」に見えてしまっているとのことで、ああ確かにそれは由々しき問題だなぁと思った次第なのです。
社不なりに感謝している私
ここからが厄介な構造になるんですけど、私が仮に「人づきあいが苦にならない大の人間好き人間」だったならば、したいこととトモダチヅキアイがイコールになるので「自ら望んでやっていること」と胸を張って言える。
というか周りとの関係を大事に出来る人は心の底から尊敬しています。猫暮自身も社不の身であるからこそ、そういった信念を持っている方々にたくさん救われてきたと恩義も感じています。
「ごめんね、ぜんぜん恩返しが出来なくてッ!」
と全力の謝罪を本人にぶちかますことがあるんですが
「突然どうした気持ち悪いな💛」とか
「よくわかんないけど、悪いと思ってるなら飯おごって💛」とか、クール超えて塩分効きすぎな返答が大半になる。
めげる。いや、めげない。それでもありがとうを言い続けてやるッと意地を張り続けた結果「なに?ツボでも売りに来たの?」と身を引かれることも。
ごめん。めげます。すみませんでした。必要以上の感謝は不信感を与えますよね。7秒コーチングでも言ってた。はい。
で、根本的な部分として、私も人の輪の中で暮らしたい!って憧れはあるんですけど、できない。ある意味で過去のトラウマが大きくかかわってきてます。
でもね~、ここからが本当に複雑で自分にも分かってない部分。
私のトラウマって一言でいえば「人間関係がうまく作れなかった」に尽きちゃうんだけど…もともとの性格が「こう」だからうまくできなかった、って失敗体験が積み重なりすぎてトラウマになってるのか、それともトラウマがあるから性格が「こう」なってきて、結果として友達から「アンタは逃げてるよ」と言われるに至ったのか…。
卵が先か鶏が先か問題の様相を呈しているのだ。ちなみに私は親子丼が好き。
といっても、性格もトラウマも着実に積みあがっているものであって、今更ドへたくそなジェンガプレイヤーみたいにドンガラガッシャンするわけにもいかない。
できるならしたいけどね。
仮にできちゃったとしたら、それってかなり危ない…こう、きっと合法ではない何かをやってる可能性が高いので、ふらついて焦点の定まらない猫暮ををお見掛けの際はすぐにお近くの交番か直接警察までご連絡ください。
いやいや、脱線がすぎるぞ私。
そうじゃない。今回のタイトルは過去陶酔狂騒曲だ。もっと過去に話のフォーカスを合わせて語らねば。
しかしあんまりフォーカスしすぎても、「私は…ほんとうに…だめで…うっううっ」とヘリウムガス吸引したような声で(プライバシー配慮のため音声を一部変更しております)といった但し書きと、それなりのきめ細かさを誇った擦りガラスが必要になってしまいます。事務所通して下さい。
あと、実のところそこまで悩んでもいないというのが正直なところってのもある。今日を生きるので手一杯です。はい。
ただ、記事的にちょい堂々巡りしてもしょうがないので、ここで一人ゲストをご紹介します。
AIカウンセラーのクラウド先生です!パチパチパチ~
早速ですけど、ここまで書いた文章を問診票代わりにそのまま流し込んでみました。さて、見せてもらおうじゃないのAIの力ってやつを。
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AIの回答
こんばんは、猫暮さん。お話を伺いました。自己分析と人間関係について深く考えておられるようですね。いくつかポイントをお伝えしたいと思います:
自己理解: 自分の性格や行動パターンを客観的に見つめようとする姿勢は素晴らしいです。「逃げている」と言われたことに対する内省も、自己成長の良い機会になるでしょう。
トラウマと性格の関係: おっしゃる通り、これは「卵が先か鶏が先か」の問題に似ています。ただ、重要なのは原因を特定することよりも、現在の自分をどう受け止め、これからどう生きていくかです。
人間関係への苦手意識: 多くの人が同じような悩みを抱えています。完璧な人間関係を求める必要はありません。自分のペースで、無理のない範囲で関係性を築いていくことが大切です。
「自分らしさ」について: 過去を払拭する必要はありませんが、過去に囚われすぎるのも良くありません。現在の自分を受け入れつつ、なりたい自分に向かって少しずつ変化していく、そのバランスが重要です。
自己受容: 「社会不適合」と感じる部分も含めて、今の自分を受け入れることから始めてみてはどうでしょうか。自己否定は更なる逃避につながる可能性があります。
自分らしく生きることに正解はありません。猫暮さんなりのペースで、自分と向き合い、少しずつ成長していけばいいのです。焦らず、でも諦めず、自分の人生を歩んでいってください。
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禅の心ッ!!!
さすがはAI。的確に5つも解決策を提示してくれました。
にしても、この手の話題は最終的に禅の心に落ち着くものなのかなぁ。
猫暮の中に共通事項として似通ったノウハウが蓄積されていく。
最近読んだ「心配事の9割は起こらない」と「反応しない練習」の内容ともめっちゃ酷使している。
といってもベースが仏教だから系統が収束していくのはそれもそうか、ってなってる。
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ただ、こういった書籍を「いますぐに解決したい何か」が自分の中にあるから読んでいるんじゃないだよね。3、4年前だったら救いを求めて手に取っていたかもしれないけれど、今は純粋な読み物として文章や言葉や文字を摂取してる感じ。
そのなかで思惑とか言葉の裏とか読み取れたらラッキーとか思うし、どこをどう切り取ってどう実践するかは、結局自分用にチューニングしたり解釈したりってフェーズが必要だから、鵜呑みにするのも難しい。訓練が必要です!
といったところで、けっこう狂騒できたんじゃないかしら?
やっぱり思いのままに文章を走らせるのは楽しい!でも「書きたいこと」と「自分が世の中に発信したい」ことは別モノなんだろうな~と、スラスラ書いてて思案しちゃうことでした。今日書いてるのは天衣無縫な文章。いや嘘。結構着飾ってる。結構どころじゃないわ。十二単衣くらいバリバリ着込んでるわ。まだまだ見栄張りザウルス。
もっと脱ぎ捨てよーぜ!
余談
なんかふと調べてみたら十二単衣が12枚から構成されていたってのは俗説らしく、着こめば着込むほど「すげぇ!」と宮中でもてはやされた説もあるとか。
清少納言が現代でいうところの「バリキャリウーマン」だったって解釈してる面白いコラムも覗けたりして、そのあたりをもうちょい深堀したくなった猫暮でした。好奇心は猫をも殺す。