
【躁うつと生きる】noterの方のやさしさに・・・最大の♡
昨晩、「【躁うつと生きる】離婚やめます①溢れた器」を投稿しました。
投稿ボタンを押してすぐ、後悔をしました。
書いている気持ちは本当でした。
書いて、まとめることで、自分の気持ちを整理して、自分の心に軸を持たせたいという気持ちです。
でもそれって、投稿する必要はあるの?という思いがあったから、押したくせに、その直後に後悔したのです。
下書き状態に戻すこともできる、と思い返して、もう一度開いてみたら、もうすでにスキをつけてくださった方が、いらっしゃいました。
フォロワーの方々でした。
noteのフォロワーの方の存在というものは、私が今までに感じたことのない存在です。
リアルに会ったこともなく、本名も、お顔も知りません。
アイコンでお顔を使ってらっしゃる方もいますが、生で見るのとは感覚が違います。身長とか、服装とか、動きとかで構成される人柄は、やはり会ってみないと分かりません。
それなのに、いえ、だからこそ、身近では話せない自分の主張をダラダラと書くことができ(身近な人に社会問題についてコンコンと語られたら、普通に引きますよね💧)、最悪読まれなくてもいいと思って書くので(ほんとうは読んでほしい!スキもほしい!なんていうのは、今は置いておきます)、興味のないことに無理やり付き合ってもらう強制感もありません。
だからこその、安心感。
しかもnoterさんたちは、本当に心があたたかい。
本当のところは分かりません、分かりませんよ。もしかして、フォローしてるからスキつけとこう、って、いう人もいるのかもしれないです。(私のこと!?←ないこともないけれど、本当にスキですから!)
たまたま投稿したタイミングで目に留まったから足跡のつもりでスキしてみよ、とか。(バレた!←ウソです笑読まない記事にリアクションはしません)
そんなところも含めて、思いやりを感じています。
昨晩書いたデンジャラスな記事は、下書きに戻さずにおくことにしました。
わざわざnoteに書くのは、温かく思いやりあるnoterさんの優しさに甘えたいのでなく、公言しないと、軸にはできないと思ったからです。
私は常に、躁と鬱を繰り返します。
それは私の持たされた特質なので、これを克服しようとは、もう思いません。
ただし、自分が大切にするべきものの軸、生きていくためになくてはならない、私が私であるための軸は、もうブレたくないのです。
その答えに行き着くために今回の記事は必要なのです。自分ではそう思っています。
強くはなれません。
誰かのために生きることもできません。
まして誰かに頼って生きることもできません。
生きがいと呼べるものでも支えられません。
だったら私はどうやって生きるの?
その答えを探すための、記事。
離婚と虐待がテーマの、とんでもない記事。
読んでくださったnoterの皆様には、ただただ感謝の思いでいっぱいです。
そして今回の記事を最後まで読んでくださったあなたにも、ありがとうございます✨
いつも、とても、励まされています。
あなたが居てくれて、本当によかった・・・🌹
いいなと思ったら応援しよう!
