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<小説/不倫・婚外恋愛>嫌いになれたらは、愛を信じてる裏返し(6)STAGE1・出会い

 『誰がなんと言おうと、私には価値がない』
私を約四十年縛り付けた思い込み。それが私の世界だった。男性はすべて私を大事にしないって信じていたし、大切にされないことが当たり前だと思っていたと言っても過言ではない。

 あの時に、「そんなに好きなら、離婚してからきなよ」って言えていたら、壮絶な葛藤や心からの愛を感じることもなかったように思う。

 あくまでもタラレバだけど……。
 当時の私は、そのキラーワードに気付きもしなかったから、今がある。

◇ ◇ ◇

 野本君の猛アタックが落ち着いた気がする。彼の目つきや仕草、話し方が変わり穏やかになる。素っ気なくなったとかではなく、纏っている雰囲気が変わった感じだ。

 流石に半年も振り続けたら無理もない。私はその変化を、私のことを嫌いになったからだと思って疑わなかった。
 
 やっぱりね。
『本当の私を誰も愛すはずがない』

 あれだけ拒絶してきたくせして、やっと諦めてくれたという安堵ではなく、悲しい孤独感が押し寄せる。
 
「なんか、最近落ち着いたね。やっぱり私のこと嫌いになったの?」
「まさか。今も変わらず好きですよ。でも、俺が中村さんのことが好きだからって、振り向かせようとか好かれようとか……。それって、自分だけが幸せを感じたいだけだって気づいたんです。中村さんを困らせたい訳じゃない。中村さんが笑っている方が幸せだなって。中村さんが俺をみていなくても、その笑顔や幸せを、俺が守れてなくてどうするんだって思ったんです」

 その言葉で、頑なに『誰がなんと言おうと、私には価値がない』 『本当の私を誰も愛すはずがない』と思って疑っていなかった私の心の氷が溶け始めた……。

 初めてだった。

 好きになることはあり得ないと思っていた人に、好きだと言われ続けても嫌悪感がなかったこと。拒絶し続けても、私を好きなままでいること。どんな私を見せても怒らず、蔑まず、冷たくもしないこと。

 あの時の感覚は今でもはっきり覚えている。
 
 『私は強く愛されているんだ』

 誰にも見せていない何かが開いた瞬間だった。 

 少しずつ二人の距離が縮まっていく。最初は、少し手が触れるところから…。目で追うと、必ず目があう。そして、心の中で笑い合う。

 物質的な距離はさほど縮まってはいなかったけれど、どことなく私たちは想い合っているのだと感じていた。

 二ヶ月に一度の月中に、大掛かりな資料整理をする時がある。受発注や入金票の紙の束、見積もりに使用した資料などのデータも、システムから保存用のデータをディスクに落とし込んで、保管庫にしまう通例作業だ。

 入社間もない野本君は、一課の全チームの資料を何度も保管庫へ運ぶという一番の力作業を任されていた。サポートの女の子が入れ替わりで付き添いながら。

 もちろん私もその一人。台車に、何個も段ボールを積んで野本君がカートを押す。私は、少し前の位置で段ボールを抑えながら、段差やエレベーターを先回りして誘導していく。

「すごいね。一番スムーズかも笑」
「いや、当たり前でしょ。全然たいしたことしてないって笑」
「そんなことないよ!いつもそうやって、謙遜するんだから」

 謙遜?何も特別な事してないし、みんなも当たり前にしてるでしょ。

「俺の後ろをついてくる人とか、近藤さんはずっと俺の隣でおしゃべりしてたよ。段差で危うく、段ボールが倒れるところだったし」

 サポート歴が長いからか、少し先回りしてやりやすいようにするのが癖になっているところがある。次に何が欲しいのか、何を求めているのかを感じて、その時のアシストができた時には心の中で「よし!」ってなる。お礼なんて言われたことなかった。だから、誰にでもできる当たり前のことでしかないと思っていた。野本君は、こんな些細なことにも気が付いて褒めてくれる。それがちょっと嬉しい。

「ねー、さっき俺が他の女の人と一緒に保管庫に行ったりするの嫉妬した?」
 野本君は、無邪気に私に聞いてきた。

「全然!十何年も同じことしてるんだもん、いつもの光景笑。というか、嫉妬ってこれまでしたことないな…。うん。人生で一度もない。だから、どんな感情なのかわからないかも…」

 野本君は、ちょっと頬を膨らませて「俺に嫉妬してよ」と言わんばかりの可愛いしぐさをみせた。

 でも本当にそうだった。だって、誰も好きになったことがないんだから。小学生の時に、好きだなって思った人は居たけれど、遠くから見ているだけの人だったし。私には、これまで嫉妬する場面がなかったらしい。

 保管庫に着いて、段ボールをサクサクと所定の場所に置いてく。

 ビリ・・・

 布の裂ける音。タイトスカートの後ろを、出っ張っていた釘にひっかけ、おしりの部分が思いっきり破れていた。その後ろには野本君がいる。絶対に下着を見られた。何のオシャレもしていないダサいやつを…。

 また、野本君がすかさず作業着を腰に巻いてくれた。

「ごめん!また…」
 恥ずかしすぎる。でも、早く笑い飛ばさないと。赤い顔を上げられないまま次の展開を考える。

「かわいい…」

 そう言って、野本君は私をそっと抱きしめた。

「この前も、かわいいかった」
「あんなものの時の、あれを?」
「あんなものなんて言わないの…」
そう言って、頭をなでる。

 馬鹿にされてるなんて思わない。守られているという安堵と嬉しさ。あったかい…。これまで感じたことのない幸せな気持ちになる。

 ゆっくりと唇を重ね合う。

 あの時とは違って頭の中は真っ白になり、涙が頬を伝った。今、私たちがどこにいるのかさえわからなくなる。この世界に二人だけとしか思えないような感覚。心地よい波に揺られたその時間は、多分、ほんの数秒のことだと思うけれど、時間が歪んだかのような永遠を感じていた。

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