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<小説/不倫・婚外恋愛>嫌いになれたらは、愛を信じてる裏返し(7)STAGE1・出会い

 それから私たちは、時間の限り二人の時を過ごす。仕事が終わるとお決まりの場所に車を停めて、口、指、肩…体のどこかをくっつけて話していた。時にはホテルに行って、何時間も唇がヒリヒリするくらい唇を触れ合わせる。一度触れ合うと離れられない交流を繰り返す。

 「ずっと、名字で呼ぶの嫌だったんだ。旦那さんの名字でしょ。名前で呼びたい。芹香(セリカ)って呼んで良い?」
「うん。嬉しいよ。野本君は何て呼ばれたい?」
「俺は、ナオ君とかナオとか呼ばれてた。これまで呼び捨てで呼ばれるのってバカにされてるような気がして、誰にも呼ばせなかった。友達にも、もちろん嫁にもね。そう呼ぶのは、俺の両親だけ。だから、芹香には、『直樹』って呼んで欲しい」

 でも、ホテルに行ってもセックスまではしない。その一歩手前まで。私には、それも安心要素になっていた。体を重ねるより、話したい。もっと直樹のことを知りたいと思った。どんなに時間があっても話は尽きる事はない。

 朝の通勤時間や帰宅時間、休日や寝る時もお互いの状況を一日も欠かさずに交換し合っていた。

『特別なわけがない』が『特別』に変わる。母、嫁、妻という肩書から、女に戻る。

 服の色も下着も、動きやすい・汚れが目立たない・楽チンから彼のことを意識したデザイン、明るい色に変わる。直樹は小さな変化にも気が付いてくれた。アイシャドーの色を少し変えただけでも「今日は雰囲気違うね」なんて、言ってくれる。

 これまで、皮膚科の薬を使っても治ることがなかった皮膚の乾燥も出てこなくなる。『女性ホルモンの分泌量を増やすには恋愛』とは、まさにそうだと痛感する。友達からも「なんだか、最近綺麗になったね」と言われて、つい直樹とのことを言いたくなる。でも夫だけは何も言わない。私が髪を切ろうが下着が変わろうが何も気が付かない。

 どうしてこれまでこんな気持ちになる人が居なかったんだろう。周りの恋愛話もどこか上の空で、自分の世界にはないことのようのな気がしていた。別れたと落ち込んでいたのに、すぐ他の人を好きになるなんてできるものなんだろうか?別れた傷は、他の人で癒されるものなのだろうか?……と。

 何もかもが初めての経験で、まるで高校生からやり直してるような感覚だった。

 年末の長期連休が迫っていた。初めて直樹に出逢ってから二年、付き合うようになってからまだ二ヶ月。会社では毎日顔を合わせていたから、初めて長く離れることになるという現実に、身を引き裂かれ、死にたくなるほどの圧倒的な寂しさを感じていた。

 クリスマスは、お互い早く帰らなくてはいけなかったから、会社でバックに入るくらいの小さなプレゼントを交わした程度。直樹からはピアスを、私からは手帳をプレゼント。だから、年末はゆっくり過ごしたいねと話していた。

 年末の最終日は、午前中で仕事が終わる。ランチは、直樹が昼間のフランス料理をもてなしてくれて、ノンアルコールワインで楽しんだ。

「酔って帰るわけにもいかないしね。泊まりでゆっくり温泉旅行とかもしてみたいね」

 直樹が発する言葉に、チクチクと泣く心を押し込めた。仕方がないとわかっていても、我慢をしなくてはいけない関係に虚しさを覚える。

 その後は、ホテルでいつものように唇を重ねあい、抱擁。手を繋ぎながらの直樹との会話は、幼少期の頃の話から、ラーメンは何派?という話まで、考え方、目に見える事すべてが会話の種になる。そして、抱きしめ合いキスをする。顔を合わせない日がいつもより長い寂しさからか……。そこから先へと、無意識に私たちは求めあった。

 これまで、体を重ねる時は恥ずかしくて真っ暗にしないと嫌だった。微かな音や機械的な明かりに気を取られて快感に集中することもなく、早く終わらないかなと思うのがセックスだと思っていた。行為の後は、さっさとシャワーを浴びて服を着る。私の全てを見せることが恥ずかしく、誰にも見られたくもなかったから。

 でも、この時は『直樹の顔がみたい』と、私は明かりを消すことを拒んだ。年相応のたるんだ体も、誰にも見せたことのない蜜部も恥ずかしいなんて思わない。直樹とは永遠に離れたくない。「直樹の子供が欲しい」という感情が湧き上がった。

 直樹がゴムを付けようとして
「いらない。そのまま入ってきて」
 とお願いした。

「ダメだよ。大事にしているからこそちゃんとしないと」
「好きだからこそ、つけないで欲しいの。中にして。直樹を体に入れたい」
 直樹は最初戸惑っていたけど、私を優しく見つめて答える。
「うん、わかった。そんな考えがあるなんてわからなかった。ゴムを付ける事は、自分の快楽だけじゃないって証明だと思ってたよ。俺も不安は何もない。子供ができたら二人で育てよう」

 離れなくてはいけないから、その間は自分の中に直樹がいると思えば落ち着いていられる。私の中に直樹の愛液が入ってきたときには涙が流れた。今まで感じたことのない快感と心の底をも包み込むような幸福感。こんなにも頭が真っ白になることはない。

 行為が終わってからも、直樹は私を見つめ抱擁をし、そして優しいキスをしてくれる。さっきの熱を分け合うようなキスではなく、優しく温かい雨のように触れ合う安心感。

 裸のまま、直樹の腕枕で時間を忘れるようにして話していた。直樹といると、これまで口に出すことも恥ずかしく、卑猥や欲情だと思っていた行為が、とても崇高なことのように思えてくる。

 「凄く幸せだよ。全部が一つになった。心も体も一つになった幸福感というか……。説明のしようがないけど、とにかく愛してる」

「私も」

 直樹も同じ感覚を持っていてくれて嬉しかった。これまでもホテルに来ることはあったけど、最後までしないことで、より安心感もあったのかもしれない。私の、男性不振に通ずるところを、もしかしたら直樹は感じ取っていたのかな。

「本当に好きだから、安心して欲しいって思ってた。体だけじゃないんだよってちゃんと証明したくてさ。でも、ごめん。長く離れると思ったら我慢できなかった」

 直樹のことは信じても大丈夫、私の生涯の相手。やっと一つになれたという喜びと、そして『やっと解放された』という感情を、私は確かに感じていた。

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