見出し画像

[偽装買収]AIスタートアップを飲み込む大手テクノロジー企業の光と影


 マイクロソフト、アマゾン、グーグルなど、大手テクノロジー企業が、AIスタートアップが生み出したテクノロジーと優秀な人材を獲得するための新たな戦略を展開しています。但し、それは企業買収という手法ではなく、AIスタートアップとの技術ライセンス契約を締結し、さらに、雇用を通じて主要人材を引き抜くことで、スタートアップのテクノロジーと知財を獲得しています。これらは、「疑似買収(Pseud Acquisition)」と称されており、2024年に入ってから、マイクロソフトによるInflection、アマゾンによるAdept、GoogleによるCharacter.AIと同様手法による企業取り込み案件が立て続けに起こっています。

  • [マイクロソフト]6億5,000万ドルの契約によって、Inflectionとライセンス契約を締結し、同社の共同創業者を含む大半のスタッフを引き抜いた。

  •  [アマゾン]Adeptとの推定3億3,000万ドルのライセンス契約を締結し、さらに1億ドルのボーナスを設け、多くの従業員を引き抜いた。

  •  [グーグル]Character.aiとライセンス契約を締結し、Character.aiの共同創業者と従業員の5分の1を引き抜いた。 

 この「擬似買収」の動きによってAIエコシステムの各プレイヤーに様々な影響を与えています。大手テクノロジー企業にとっては、魅力的な戦略であり、AI人材や技術を迅速に獲得できるだけでなく、完全買収に伴う高額なコストや時間、そして独占禁止法の規制リスクを回避することができ、これによって、競争優位の強化とAI分野での市場支配力の強化が可能となります。
一方で、AIスタートアップにとっては、大手企業のリソース活用を通じ、追加資金の調達や研究開発の加速、販路や市場へのアクセス拡大などのメリットがもたらされることになります。
 但し、擬似買収には課題が存在しています。AIスタートアップの独立性の喪失、人材流出、買収に比較して低いリターンなどの課題。そして、AIスタートアップの設立から支援を行って来たベンチャーキャピタルにとっては、擬似買収によって当初期待した高いリターンを得ることが難しく投資リスクが増加するなどの大きな懸念材料が生まれています。
 そして、擬似買収は、企業の完全買収ではないことから、独占禁止法に代表される規制の回避策としての側面を持っていますが、実態として市場の独占やイノベーションを阻害する恐れがあることから、規制当局による擬似買収を監視する目が強くなっています。
 
 これらの疑似買収にまつわる昨今の状況について、全体像をさらっと掴めるコンテンツ・プログラムがCNBCより公開されましたので、以下に紹介したいと思います。




(1)プロローグ


ディアドレ・ボサ(CNBC)
 スタートアップが大企業の戦略ゲームで駒のように扱われることが増えています。マイクロソフトがInflectionを吸収したのはその一例です。

これは、マイクロソフトがAIに関する大規模な組織変革を進める中での出来事です。

スティーブ・コバッチ(CNBC)

ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
アマゾンがAdeptを食いつぶしました。

このスタートアップは現在、評価額が10億ドルを超えており、その大部分がアマゾンの傘下に入ることになります。

ケイト・ルーニー(CNBC)


Character.AIを設立した元グーグルエンジニアが、新たなAIパートナーシップでグーグルに再加入


ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
グーグルとCharacter AIも同様で、これらの3つの大手テクノロジー企業が、AI分野で最も有望なスタートアップの3社を実際に買収することなく、取り込んでいるのです。

現実として、どこを見ても急速に集約化が進んでいるのがわかります。

ムスタファ・スレイマン(マイクロソフト AI:CEO)

ディアドレ・ボサ(CNBC)
 彼らは競争を抑え込み、トップ人材を引き抜き、規制当局がまだ対応に追われている間に、巧みに監視の目を逃れています。今週は、AI業界におけるM&Aの偽装工作についてお伝えします。

 


(2)疑似買収


ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
Character AIは、生成AIとパーソナライズドAIの時代において、最も有望なスタートアップのひとつでした。
 それでは、この問題の核心に迫りましょう。

ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
評価額10億ドルのCharacter AIは、1億5000万ドルの資金を調達しました。Character AIは昨年11月にソフトウェアをリリースし、先月の訪問者数は1億7300万回を超え、3月から61%も増加しました。
 さらに、Character AIは、生成AIの先駆者である創業者が率いています。

 私が2016年から2018年にかけて大規模言語モデルの研究を始めており、その当時は、この分野に興奮する人はほとんどいませんでした。

ノーム・シャジール(Character.ai:元CEO)

ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
ただひとつ問題がありました。それは、スタートアップが収益を上げられなかったことです。報道によると、有料ユーザーからの売上を十分に確保するのに苦労していたようです。

AIチャットボットのCharacter.AIは、売上がないにもかかわらず、
アンドリーセン・ホロウィッツが主導して、1億5000万ドルを調達


 Character AIの10億ドルの評価額は、まるで2010年のApp Storeを思わせます。当時も多くのユーザーを獲得しながら、収益化の方法は後から考えるという状況でした。

スティーブ・コバッチ(CNBC)


ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
そこでCharacter AIは、大手企業であるグーグルに目を向けました。グーグルはこの取引に乗り気で、特に技術よりも人材に興味があったと言われています。Character AIの共同創業者であるノーム・シャジールは、過去にグーグルに在籍していた際に、生成AIの時代を開いた画期的な論文(「Attention Is All Need」)の著者の一人です。この取引により、シャジールは、彼の従業員の5分の1とともにグーグルに戻り、グーグルはスタートアップを買収することなく、Character AIの技術をライセンスすることができたのです。

グーグルがスタートアップCharacter.AIからトップ人材を採用し、ライセンス契約を締結


Character.aiのモデルトレーニングや音声AIに取り組む従業員の約130人のスタッフのうち
約30人がグーグルに加わり、Geminiプロジェクトに参加予定


 地球上のすべての人が、自分自身のアプリケーションを発明する時代が来るでしょう。

ノーム・シャジール(Character.ai:元CEO)


ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
これは、大手テクノロジー企業の支配に対する規制強化を巧みに回避し、収益化に苦戦するAIスタートアップに出口を提供し、AI競争に必要な人材を大企業が獲得するための戦略です。


 最先端の技術に取り組む研究者やAIの専門家人材は非常に限られており、その数はおそらく数千人程度です。大手企業であるハイパースケーラーたちは、その人材をどんな手段を使ってでも確保しようとしています。

ショーン・ジョンソン(AIXベンチャーズ)


ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
この戦略を最初に実践したのはマイクロソフトです。3月に、ChatGPTに対抗するチャットボットを持つ有力なAIスタートアップ、Inflectionと異例の契約を結びました。ただしこれは、完全な買収ではなく、6億5,000万ドルの契約によって、マイクロソフトはInflectionのAIモデルを利用可能となり、さらにその創業者であるムスタファ・スレイマンを含む大半のスタッフを引き抜きました。スレイマンは現在、マイクロソフトのAI部門全体を率いるポジションにいます。

インフレクションは13億ドルを調達した後に最大の投資家であるマイクロソフトに食われる


マイクロソフトは、インフレクションにライセンス料金6億5000万ドルを支払いながら、
トップ人材を引き抜いている、と情報筋が述べている


 ムスタファ・スレイマンは、後にグーグルに買収されDeepMindを2010年に共同設立。そして2022年には、リード・ホフマンとともにInflectionという会社を共同設立しました。

アンドリュー・ロス・ソルキン(CNBC)



ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
6月には、アマゾンとAdept AIが契約を結びました。報道によると、アマゾンはAdeptの技術をライセンスするために少なくとも3億3,000万ドルを支払い、さらに転職した社員には1億ドルのリテンションボーナスが提供されました。

アマゾンは、Adeptの技術をライセンス供与するために少なくとも3億3000万ドルを支払い、
その多くはAdeptが投資家から調達した4億1400万ドルの返済に充てられた。
さらにアマゾンは、アマゾンに参加したAdeptの従業員に1億ドルのリテンションボーナスを提供


 これらスタートアップにとっての大きな課題の1つは、GPUなどのチップやクラウドコンピューティングにかかるコストです。アマゾンは、AWSとクラウドコンピューティングの圧倒的なインフラを持っています。ですから、スタートアップがパートナーシップを求めたり、ライセンス契約を結ぼうとするなら、アマゾン、グーグル、マイクロソフトといった大手テクノロジー企業に目を向けるのは当然の流れでしょう。

ケイト・ルーニー(CNBC)


ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
この流れは、大手企業にとってもメリットがあり、引き抜かれたスタートアップの社員の両方が「Win-Win」の状況です。創業者たちは、収益化のプレッシャーから解放されると共に、非常に収益性の高い大手企業に吸収されることで、長期的ビジョンに向けて開発を続ける時間を確保できるのです。

 スタートアップ創業者が会社を拡大しようとする中で、さまざまな逆風に直面することがあり、そうした状況での現時点で最適な選択肢は、大手企業の傘下に入ること、と考えるかもしれません。

ショーン・ジョンソン(AIXベンチャーズ)

 

AIスタートアップの独立性がビッグテックの潤沢な資金と引き換えになっている


ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
生成AIモデルを開発するために必要なクラウドコンピューティングのコストは、数億ドルにも達します。しかし、大手テクノロジーのインフラがそのコストを吸収するのです。

 多くの創業者たちは、最良のテクノロジーを開発したいと考え、GPUリソースにスムーズにアクセスできることを望んでいます。我々は、そのようなことで争いたくないと考えており、だからこそ、一部のファンドでは、彼らがアクセスできる独自クラスターを立ち上げて提供しているのだと思います。

ショーン・ジョンソン(AIXベンチャーズ)


ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
大手企業にとって、これはその分野で最高の人材を迅速かつ簡単に獲得する方法になっています。このことは、グーグルが2014年にDeepMindを買収した際の動機の一つと考えられています。DeepMindの買収のような全面買収は、今では規制当局から承認を得るのが難しいとされる一例です。
 10年前、DeepMindは最も権威のある独立系AI研究所のひとつでした。グーグルは早い段階でこの買収を行い、生成AIがまだ規制当局の関心を引く前に手に入れることができました。しかし現在では、AIは規制当局の厳しい監視対象となり、生成AIはテクノロジー業界で最大の競争領域となっています。

ビッグテックがAIを飲み込んでいる


グーグルが人工知能スタートアップDeepMindを5億ドル超で買収(2014年1月)


ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
生成AIの分野に限らず、アップル、グーグル、アマゾン、メタの4社は、FTC(連邦取引委員会)やDOJ(司法省)の反トラスト当局による審査を受けている最中です。特にグーグルは、すでに連邦裁判所で検索市場における独占状態が認定され、不利な立場に追い込まれており、解体の可能性すら抱えています。

反トラスト調査に直面


グーグル、検索にかかわる反トラスト訴訟に敗訴(2024年8月)



(3)火遊び(Playing with fire)


ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
大手テクノロジー企業は、反トラスト当局を出し抜いて監視を回避できると考えているかもしれませんが、疑似買収は危険な賭けです。今日の規制当局は、これまで以上に機敏で攻撃的な手段を持っています。
 FTCはすでに、マイクロソフトとInflectionの契約に対する反トラスト調査を開始し、マイクロソフトが規制審査を回避しながらスタートアップを支配しようとしたかどうかを調査しています。また、アマゾンとAdeptの契約についても、非公式な調査を始めています。さらに、米国議会もこの問題に注目しており、3人の上院議員が調査を求めています。

FTCがマイクロソフトのAI取引に対する反トラスト調査を開始


アマゾンとAIスタートアップのAdeptとの取引がFTCの調査対象に


AIスタートアップから人材やプロダクトを引き抜くビッグテックの新たな手法に対して、
米国上院議員が非難


 (FTCの)リナ・カーン氏をはじめとする規制当局は、この問題を注視しています。これらの企業が全面的な合併を行っているわけではありませんが、パートナーシップそのものが問題視されています。

アンドリュー・ロス・ソルキン(CNBC)


ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
彼らが懸念しているのは、単に技術的に買収が行われたかどうかだけではありません。

 現時点でAIは、驚異的な成長と革新を促す可能性を秘めた新興技術です。活気ある市場が生まれる大きなチャンスがありますが、同時にリスクも存在しています。市場の統合や独占が進む危険性を私たちは懸念しています。

リナ・カーン(米国連邦取引委員会[FTC]:委員長)


ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
問題の核心は、その行為が最終的に反競争的かどうかという点です。特に、競争がイノベーションを促進する重要な役割を果たす新興分野において、大企業がますます巨大化し、力を強めることがないようにすることが必要です。
 確かに、メガキャップ企業はスタートアップを丸ごと飲み込んでいるわけではありませんが、企業の器と一部の従業員を残しつつ、競争力のない抜け殻状態にしてしまいます。この結果、最終的にその影響を受けるのは誰なのかが一層鮮明になります。



(4)取り残されるのは誰か?


ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
一見すると、疑似買収のような取引は当事者双方にとって「Win-Win」に見えますが、取り残される従業員や投資家もいます。例えば、Adeptとの取引では、アマゾンはAI研究者だけを引き抜きました。ニューヨーク・タイムズによると、製品販売やその他の分野で働いていたチームは、同じような幸運には恵まれませんでした。彼らは、新しい安定した企業での快適な仕事や、必死に売上を求めなくても良い環境を手に入れた元同僚たちとは異なり、トップ人材を失った状態で新しいビジネスをどう再構築するかを模索する必要があるのです。

 疑似買収のような取引の多くでは、残された会社がこれまでに作り上げた知的財産へのアクセス権を確保し、取引の一環として引き続き人材を採用して、企業を成長させるための十分なリソースを確保しています。

グル・チャハル(ライトスピード・ベンチャー・パートナーズ)


ディアドレ・ボサ(CNBC)
 
そして、これらのスタートアップを最初に支援したベンチャーキャピタルの投資資金にも課題があります。Character、Adept、Inflectionに投資したベンチャーキャピタルは、ライセンス契約を通じてほぼ全額を回収しているものの、期待していたリターンには遠く及びません。
 通常、ベンチャーキャピタルは大きなリターンを期待して投資しており、最低でも5~10倍のリターンが成功基準とされています。ある内部関係者は匿名を条件に、今後もこのような取引が増える可能性があると述べています。それは、過大評価されているAIスタートアップでも、まだ持続可能なビジネスモデルを見つけられていない企業が多く存在しているためです。
 例えば、CohereというAIスタートアップは、直近の評価額が50億ドルを超える一方で、年間売上は、2,500万ドル未満と報じられています。収益化へのプレッシャーが高まる中で、大手企業から提示される救済策が歓迎される可能性があります。しかし、規制当局がこの疑似買収に目を光らせるようになると、大手テクノロジー企業がさらに多くの疑似買収のような取引を試みるのか、それともAIユニコーンたちが自力で生き残るしかなくなるのかは、いまだ不透明です。どのような展開になるにせよ、AI業界におけるM&Aの偽装工作が生成AIの風景を変えたことは間違いありません。


AIスタートアップが厳しい財務現実に直面

 以上です。


<オリジナル・コンテンツ>

 オリジナル・コンテンツは、以下リンクからご覧になれます。
尚、本投稿の内容は、参考訳です。また、意訳や省略、情報を補足したコンテンツを含んでいます。

CNBC
(Original Published date : 2024/08/31 EST)



<御礼>

 最後までお読み頂きまして誠に有難うございます。
役に立ちましたら、スキ、フォロー頂けると大変喜び、モチベーションにもつながりますので、是非よろしくお願いいたします。 
だうじょん


<免責事項>

 本執筆内容は、執筆者個人の備忘録を情報提供のみを目的として公開するものであり、いかなる金融商品や個別株への投資勧誘や投資手法を推奨するものではありません。また、本執筆によって提供される情報は、個々の読者の方々にとって適切であるとは限らず、またその真実性、完全性、正確性、いかなる特定の目的への適時性について保証されるものではありません。 投資を行う際は、株式への投資は大きなリスクを伴うものであることをご認識の上、読者の皆様ご自身の判断と責任で投資なされるようお願い申し上げます。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集