『燃えよ剣』を読んで 後編
『燃えよ剣』は、土方歳三という剣に夢を賭けた男の物語です。土方は、戊辰戦争で敗北する数日前まで、旧幕府軍や新選組生き残りの兵力を率いて、最後まで苛烈に戦い抜きました。物語の前半は、喧嘩好きな不良が時代の表舞台に出ていくようで、京都で旗揚げした新選組も土方も上り調子だったのですが、、。
大政奉還を境に、彼らの運命は下り坂になっていきます。
江戸幕府や、それを支える会津藩桑名藩、そして新選組。少し前まで日本の正統政府だった江戸幕府とその下部機関は、ある日から賊軍になってしまい、代わって薩摩藩長州藩が官軍、新政府となりました。この辺り、時勢の移り変わりの怖さを感じます。薩摩藩はこの前まで、会津藩や新選組の友軍だったのに、、、。
新選組の皆は、戊辰戦争の戦いを重ねるにつれ意気消沈していき、ついに主要幹部が別々の道を行くことになり、新選組は解散となりました。近藤勇と土方歳三の2人は、これからどうしようか思案しながら、千葉県の流山という埼玉県との境で軍陣をはります。しかし、急に弱気になった近藤は、土方の説得も効かず一人で官軍に投降してしまいました。土方はまだ戦えると諭しますが、近藤は寂しく笑っていて、もう彼の心は折れてしまってたんですね。とてもいたたまれなくて哀しいシーンでした。近藤のその後は史実にある通りになります。
近藤と別れた後も、土方は局地戦では勝っていて、でも戦線全体は官軍に圧迫されているので、北へ北へと敗走するしかありませんでした。
土方歳三のすごいところは、敗北の色が濃い戦況にあっても、新しく戦法を思いついたり新式の兵器について学んだり、戦意が衰えないことです。人は時勢に乗っていればポジティブになれますが、逆境にあってこそ本当の強さが試されるものだと思いました。
函館五稜郭は官軍の総攻撃を受けて、旧幕府軍は追い詰められます。そしてクライマックス直前に、土方は少し弱さをみせます。
『燃えよ剣』は小説なので、土方の情の弱いとこも描いていて、それは人間像を魅力的にするために必要な演出かも知れません。あるいは作者なりに、土方歳三の心の救いを描いたのかな?と思いました。土方がどういう弱さを表したのかは、説明が長くなるので省きます。近藤勇や沖田総司の前で、土方は弱さを見せるわけにいかない。「オレがしっかりしないと」土方はそう思っていたから、ずっと一人で重責に耐えていたのかも知れません。
小説『燃えよ剣』にしても史実にしても、彼は函館五稜郭で官軍に倒されるまで戦いぬきました。何を心の支えとしていたのでしょう。
現代と幕末や明治時代は、文化や常識が全く違うので、現代の物差しで考えてしまうと、土方歳三や新選組はただ敗けた側についた人達。そういう価値観で見ればそういう評価になります。
ストーリー後半の土方歳三は、運命が向かい風な時でもクールで、それでいて常に戦いに関して好奇心を持っていました。戦うことが生きる意味だった時代の話です。現代の日本では戦うこともまずないですが、己の内側に軸というか旗というか、信念を持つことの大切さ。そういう男達の格好良さを『燃えよ剣』は味あわせてくれます。