知能と争いや諍い

モラルなく悪知恵だけだと1種類の知能、倫理あろうとも才能がなければ1種類の知能です。

人間とは言いがたいです。


上記の場合、人間にもお前にもなってません。人でなしとか人成らず、という状態です。2種類の知能ではなく、1種類の知能なので争いや競争は起きやすいです。

《11/14 11:54 脱字修正》

知能の種類があることで争いや競争はしなくても済むこと、面倒事が減る構造になってます。

しかしながら、理解してほしいときには、その人その人が自力で持っておる知能でしか理解は進みません。
ここで起こるのが【同じ目線にたつ】ということです。

1種類の知能での理解となり、そのなかで理解しよう、理解してもらおうとなると【知能数量の問題】となり、理解できなければあることが証明されます。

理解してもらおうとしてる事は、《その知能の種類では理解できない》ということです。
これだと【知能の問題】です。

モラルを悪知恵に対して説いても、『でも、こうすればこうなるんだ』とか
才能を倫理に対して施しても『なんかこうなってるけど今までこれでやってきたから』等です。

それらは【知能の問題】で【知能数量の問題】はありません。

お肉を食べるときに、美味しいお肉がどんなに用意されても、塩やタレの味がなければ味わえません。

本当に感受すると、肉本来の味だけ、肉汁の旨味だけで味わえます。
塩やタレで競う事はありませんが、肉自体はA5等のランクがあります。

肉は【数量】ですが、塩やタレに数量はありません。

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