美味しすぎない「カキフライ定食と鳥豆腐」出張篇
コロナも落ち着き、最近では出張も増えてきた。とは言え、たまの銀座でぶらりと店に入るのも憚るので、今日はしっかり下調べをしてきた。有楽町駅にほど近い三州屋銀座本店でカキフライを食べるのだ。
妻に頼まれた銀座土産を片手に、もう一方にスマホを持って店を探す。きらびやかな街並みの奥に、カキワリの裏側に位置するように目的の店はあった。
足を踏み入れると「お食事ですかー?」と声がかかる。時計を見ると12:20。大衆割烹の肩書きは伊達じゃない。この時間でも酒をのむ輩がいるようだ。全くもって羨ましい。いやけしからん。
しかし今日は残念ながら、食事だ。大寒波の中、わざわざ出張するほどに大切な仕事が控えている。目的のカキフライ定食の存在は確認した。あわよくば味噌汁を、幾ばくかの代償を支払うことで名物の鳥豆腐に変更したかったのだが、食いたいなら単品頼めと突き返された。この融通の利かなさが素晴らしい。客なんて神じゃない。
味噌汁も鳥豆腐も汁ものなのだが、まあ仕方がない。
カキフライを楽しみに店内をキョロキョロと見回す。本当に酒を飲んでいる先輩らがいる。壁の短冊たちが悪の道へ誘う。どうせ自分のことを見ている人なんかいない。バレやしない。いやダメだ。せめてドリンクメニューだけでも確認したいと思考を巡らせていると、あっという間にカキフライが運ばれてきた。ふと正気に戻った。煩悩がとり払われた。
大きなカキフライが5つ。シャバシャバなソースをビダビダとかけていただく。鳥豆腐の豆腐はポン酢につけていただく。こちらもどっぷり浸す。
銀座で食べたからと言って、カキフライはカキフライだ。むしろ三陸に行けばもっと美味しく食べられるだろう。鳥豆腐は冷えた体にじんわり染み入る。余計だと思っていた味噌汁がなめこの赤だしで大好物だが、大絶品かと言われればそうではない。世の中の食べものなんて、本来そんなもんだろう。
ただ、店構えが、店員が客が醸す空気が、この外食をとびきりの時間に変える。高級食材も一流シェフも要らない。美味すぎないは楽しい。ただ美味しかったなんていう感想は、この時間にかないやしないのだ。
支払いの際に、店員のお姉さんに声を掛けられる。
「領収書出しますか?」
危ない。見られていた。飲まなくてよかった。
サポートいただいたお金で絶妙なお店にランチにいきます。