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今週とくに印象に残った本5冊たち

あけましておめでとうございます。のんびり本を読んでおります。

さっそくですが、光文社古典新訳文庫とは別でちょこちょことジャンル問わず読んでいたなかで、とくに印象に残った5冊をご紹介します。

服従

ミシェル・ウエルベック
河出文庫

雑誌『kotoba』新しい古典を探せ!特集で紹介されていて、読みたくなった本。これから10年は読み継がれるであろう新しい古典。経年に耐えうる「思考の先見性」に注目しながら読了。

筋書きはいたってシンプル。2022年、フランスにイスラム教徒の大統領が誕生する。右翼の国民戦線党と穏健派のイスラム同胞党の一騎打ちで、イスラムが選ばれます。

読み進めるとわかるのが、じつはイスラム政権の誕生はきっかけに過ぎない。ウエルベックは、むしろフランス社会ひいては近代西洋社会が抱えている「不安」を描いています。

主人公は大学教授、ユイスマンス研究家のいわゆるインテリ層の独身中年男性。一度は愛そうした女性とは離ればなれとなり、女性を買っては空虚な快楽に身を任せる毎日。ちょっと遠野遥『破局』に通ずる雰囲気があるかも。

政権は変わり、いよいよ社会的不安が彼をおおっていきます。十分な隠居生活を約束されるけれど、精神的にはまったく満たされない。後半、主人公はこんな言葉を漏らします。

絶望や、特別な悲しみを抱えているわけでもなかったが、単に、ビシャが語っているような「死に抵抗する機能の総体」がゆっくり崩壊していると感じられたのだ。

生きたいという欲求だけでは、平凡な西洋人の人生に次々と現れる苦悩と厄介事のすべてに対抗するには、明らかに十分ではなかった。

神は死んで、世俗主義が当然となった社会、そして新自由主義で個人主義が蔓延するなかで人はどのように生きるべきか。拠り所を失った弱々しい民たち(インテリ)は国家の取り決めに無抵抗で服従する。

解説の佐藤優氏の言葉を借りれば「インテリは弱い」。そうして「満たされない想い」だけが漂い続ける。

この重々しい「空気」はけっして西洋だけではなく、日本の読者が読んでもどこか近しい感覚を覚えのではないでしょうか。

ディストピア小説として上梓された本がだんだんとリアリズム小説へと、環境変化によって意味合い・見え方も変わってきているのかもしれません。

「黄金のバンタム」を破った男

百田尚樹
PHP文芸文庫

『永遠の0』や『海賊とよばれた男』などで知られる、平成で一番売れた文庫本の書き手である大ベストセラー作家、百田尚樹。『百田尚樹をぜんぶ読む』という本まで出版されているほど。

大学でボクシング部だった経歴もあるが本書にも言及のある通り、幼少期から父親の影響でテレビでボクシングを観て育ってきた。氏はちなみにボクシング小説『ボックス!』も上梓しており、同作品は映画化もされている。

そんな著者によるボクシングのノンフィクションが本書です。タイトルの人物とは、19歳の若さで世界王座についたファイティング原田。彼が活躍した1960年代とは戦後日本がまさに立ち直っていく最中。

戦後、力道山がそうであったように、世界の相手に立ち向かう一人の日本人ボクサーの姿は多くの人々の心をとらえた。ひたむきな性格をひっくるめて時代に愛されたというか、復興する日本の象徴ともいえるのではないでしょうか。

時代性を意識した書かれているため、当時の香りを感じながら物語を読み進めることができます。著者がストーリーを語ることに長けているのもあると思うけれど、一つひとつのエピソードがドラマチックでページを読む手が止まらなかった。

じつは本書は日本人初の世界王者・白井義男のストーリーから始まります。カーン博士との邂逅、そして二人三脚で世界に挑んでいくエピソードは映像が頭に浮かぶ。映画化してほしい。

あまり大きな声で言えないけれど、気になったマッチに関してはGoogle先生でキーワードをたたくと当時の映像資料も出てきたりします。これが実際に起きた出来事だと噛み締めながら楽しめると思います。

僕の人生には事件が起きない

岩井勇気
新潮社

「アメトーク」「バナナサンド」でハライチがふたり揃っている!先日テレビでコンビの姿を久々に拝見しまして、どこか豪華さといいますか、強さのようなものを感じた。

あらためてコンビを紹介するふれこみは、圧倒的なエリート

もはやハライチの存在はテレビの世界では当たり前となっていて、2008年のM-1決勝進出以降、基本として売れ続けている。澤部さんの方が目立つけれど、いまや独自のポジションを築きつつある岩井さん。

そんな岩井さんに書き仕事が舞い込んだが、まえがきから明け透けに一刀両断する。

「ネタを書いているから『書けそう』ってオファーがきたけれど、本なんて全然読んでいないし、そもそも僕は普通です」と。

いまのバラエティ番組ではアンケートが主流になっていて、何かおもしろ事件が起きたか逐一ヒアリングされるけれど、そう起きるものじゃない。だからラノベのような言い回しで、タイトルにさえしてしまった。

だったら開き直って日常を綴ってやる!

でもここに芸人の本来の力が出てしまうのだと思った。

つまり、本物の方たちは身近に起こる何気ない日常を独自の感性・目線でとらえることで「おもしろく」「書けて」しまう。そのフィルターそのものに人のセンスであったり、日々の蓄積が表れる。

ラジオを聴いてみればおなじみのメゾネットタイプの家(引っ越し前)の話、あるいは食べログ3.04のお店が点数通りだった話。

どんでん返しもないし、取っ掛かりはぼくたちの日常と変わらない。感じ方を読んでほしい。

圧巻はラストの「澤部と僕と」の話。いってみれば、いちばん近くで澤部さんを見てきた人物による澤部論

澤部とは、ものすごく綺麗にラッピングされたプレゼントであり、中身は実態のない空洞である。

どのように澤部さんが「無」なのかはぜひ本書を読んでほしい。外側からいっさいの有無を言わさない完成された澤部論がここにあります。

そして「ゴットタン」の腐れ芸人セラピーで言っていた言葉がよみがえります。

「澤部がおもしろくならないような悪口はぜったいに言わない」

読み終わると、岩井さんはもちろん、ハライチにもっと興味が湧いたのはぼくだけではないはず。

ネット興亡記 敗れざる者たち

杉本貴史
日本経済新聞出版

当たり前のように使うLINE。それではいつアプリをダウンロードした?と聞かれて即答できる人は少ない気がします。

カカオトークと競っていた時期もあったけれど、気が付けばLINEがメッセンジャーのツールとして生活の一部になっている。

長らく定着しても何かのきっかけで急に使わなくなるケースもある。高校時代にあれだけ使っていたSNSとしてのmixiは、大学入学後はFacebook、Twitterへ一気に流れた。

スマートフォンの買い替えも大きかった。91年生まれのぼくの場合でも思い入れはこれ以外にもたくさんある。

本書は、90年代後半から勃興していったインターネット産業の創生物語。

とりわけto C領域における知名度の高い企業・サービスが対象で、誰もが知っている企業だからこそ語り得る「知られざる話」に光を当てている。

Yahoo、サイバーエージェント、ライブドア、ドコモのiモード、楽天、Amazon日本上陸、Facebook、mixi、LINE、メルカリ。有名なネット企業を挙げていけば、すぐに思い当たるような企業やサービスたち。

一見、接点のないように見受けられるけれど、それぞれのアングルで深堀りしていけば、人と人をつなぐ「糸」が浮かび上がってくる。

あのひと検索SPYSEEがいまも残っていれば、蜘蛛の巣のように張り巡らされた人間関係が如実に現れたことでしょう。

ネットのギークだった者、一旗上げたくてポテンシャルを感じたのがたまたまネットだった者。いろんな人たちがネットの可能性に賭けた。表に出てこない幕賓的な存在もいた。

読んで感じたのは、環境が人をつくり人を引き寄せ、人がサービスをつくっているということ。ヒルズ族ともてはやされた方たちもその界隈に身を置くからこそ切磋琢磨できたし、情報が入ってきた。

テクノロジーいえど、進化させるのも企業間の戦争を行うのも、ミクロでいえば結局は「人」。

スタートアップがもっと盛り上げるための環境整備という観点でコロプラ共同創業者の千葉功太郎さんが「千葉道場」というクローズドのコミュニティを手がけるのも感覚的に理解できる。

あと感じたのは、あの孫正義さんでさえAmazon日本上陸の際の投資はうまくいかなくて本人がいまだに後悔をしているし、本書のなかでもほんのちょっとしたタイミングが結果に多大な影響を与えている事例が随所に出てくる。

『2050年のメディア』『生涯投資家』などの本が好みの方はまちがいなく楽しめることを保証します。あ、Paraviでドラマ化もしたそうですよ。

日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学

小熊英二
講談社現代新書

中身を伴わない学歴重視や勤続年数が優先される年功序列。日本社会が歴史的につくり上げてきて、今もなお呪縛している慣習(しくみ)を明らかにする一冊。

一言で表せば、雇用における構造と本質の解明でしょうか。

明治まで振り返ったり、ドイツやアメリカと比較したり。歴社会学・比較社会史・社会福祉など語られるテーマは幅広く、新書ながら分厚いボリュームがそれを証明しています。

正しいデータに基づく現状把握がなぜ必要なのか。たとえばこんな誤解が挙げられます。

・非正規社員の数は増えているが、じつは正社員雇用の数は減っていない。1984年と2016年を比べてもだいたい3300万人くらいに落ち着いている。

年金制度はもともと働き続けるのが前提の設計がなされている。1993年時点で年金オンリーで生活ができる水準にあったのは、全体の1/3程度だった。

そのうえで日本的雇用を考えていくにあたって、日本では3つの生き方に分けることができます。大企業型(26%)・地元型(36%)・残余型(38%)。

大企業型はいわゆる「正社員・終身雇用」の枠組みで働く人たち。社員数の分類ではないことには注意したい。厚生年金があって年功序列。

ちなみにこのしくみは、明治の軍隊や官吏における終身の身分保障に端を発している。

地元型は賃金は低いけれど、社会関係資本が充実していて支出もその分抑えられてきた。だから国民年金だけでも暮らせた。

家は代々引き継がれていて、お米はおすそ分け、そんなようなイメージ。

60年代は大企業型もしくは地元型にどちらかに属している人でほとんどであったが、徐々にそれぞれに属さない残余型というタイプが出てくる(著者は言葉自体にネガティブな意味をもたせていない)。

都市部の非正規雇用で働いている人や、各地の中小企業を転々としている人たち、起業しているような人たちも残余型に分類される。

社会問題になりうるのは、いまや残余型が最大派閥であり、社会保障はこの残余型を想定して設計されていないということ。

ぼくはこの分類分け(構造)が見えただけでも本書を買った意味があって膝を打った。で、本質は何かというと、端折りますが歴史経緯がありつつも「自己保存の法則」。つまり変わりたくない気持ち。

著者は最後に社会の価値観をはかるリトマス試験紙的な問いを読者に投げかける。一ついえるのは、働き方を考える上で、歴史的経緯とデータで現状を把握することは重要だなあ。

というわけで以上5冊分でした!

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