見出し画像

“ピンチのとき”も心に変身ペンを握っていた

「女の子だから、レッド役はダメだよ」
近所の男の子たちに入れてもらったヒーローごっこ。保育園児だった当時の私が「主人公のレッドをしたい」と言ったら、返ってきた言葉だった。

今でさえ、主役が女の子の変身ヒーローものは一般的だ。しかし、当時は戦隊で女の子と言えば、ピンクや黄色(ときどき水色も)。主人公のサブだった。

その頃は今と時代も違い、冒頭の言葉を言われても「そっか。そもそも私は性別からして戦隊の主役にはなれないのか」と疑問も持たずに受け取っていた。

そこへきて、セーラームーンの登場である。当時、私は保育園の年中組だった。

まず、主人公なのに全然しっかりしていない月野うさぎの性格が可愛かった。それに加えて、ロングヘアにミニスカートとブーツという、決して戦闘向きでないけれど斬新でお洒落なコスチューム。そして何より、口紅(ルージュ)のような変身ペンで戦士に変わるシーンは格好良くもあり、ちょっぴりセクシーでもあり、毎度釘付けになった。こうして私は毎週、完全に月に連れていかれた。

色付きの風呂敷を腰に巻いて、セーラームーンごっこにも夢中になった。同世代女子の初恋はタキシード仮面が、かっさらっていった。

「あなた、セーラー戦士なのよ」と、いつか道を歩く猫に声をかけられるかも、と思っていたし、「仲間の戦士を見つけなくては!」という責任感すらあった。それほど、私の幼き日の生活にはセーラームーンが染み込んでいたのである。


小学校に入学してからも、私は変わらずセーラームーンが大好きだった。しかし、当然のことながら、道ゆく猫に「セーラー戦士なのよ」と告げられることはなく、なんなら仲間の戦士どころか、リアル友達ができないまま1学期が過ぎようとしていた。

そして、夏休み直前の金曜に事件は起きた。
「次の月曜に、お楽しみ会をします」と先生は言い、つづけて「一人でも良いし、グループになっても良いので、1つずつ出し物をしてもらいます」と話した。

一瞬にして場が凍り付いた。と思ったのは気のせいで、私だけが凍っていた。「一人でも、グループでも」の提案は、かえって酷だった。グループと最初から決まっていたら、優しい子が気を使って、私を入れてくれるかもしれないのに。

どうしよう。
お楽しみ会というネーミングを呪った。

そんなことを考えているうちに周りにグループが出来上がっていく。完全に遅れをとった。まずい。

焦って周りを見渡すと、私と同じくポツンとしている男の子が目には入った。

まさに救世主!

私は急いで、その子のもとへ向かう。
「一緒に出し物しない?」
声は、思ったより大きくなった。

「ごめん。1人で手品したい」
まさか。即答だった。勝手に仲間だと思っていた彼は、私と違って“意図的ぼっち”だったのである。万事休す。

その後1人でいると、先生が時々こちらを見ているのが分かった。「困っています」と言えば良かったのに、友達がいないと思われたくなくて、教室の端にある学級文庫を手に「出し物は朗読をします」みたいな演技を続けた。あの時の私は、せめて意図的ぼっちでいたかったのだ。

家に帰っても、憂鬱なまま。どうしよう。今さら誰かを誘うことなどできないのに、そればかりを考えていた。


むかえた月曜日。
周りの子は、つきつぎに出し物を終えていく。あるグループはクイズを出し、あるグループは紙芝居を読んだ。“意図的ぼっち”だった彼は見事に手品を披露して周りから「おぉ~!!」という歓声を集めていた。

そしていよいよ私の番がやってきた。

クラスメイトの視線が一斉にこちらに集まっている。緊張の大きさから、心臓の振動が分かる気がした。

歌います

唐突に私はそう告げて、先生にカセットテープを渡した。教室が少しザワザワしだす。そこへ「ムーンライト伝説」の前奏が流れた。その瞬間、部屋は静まり返る。

歌い出してからは夢中だった。最初こそ緊張したものの、大好きなアニメのオープニングだ。映像さえ頭に浮かぶようだった。

これはミュージカル。
私はソロパートを歌っているのだ。

そう思えば、気持ち良さすらあった。学校生活ずっとソロだけど。

歌の後、クラスメイトから大きな拍手をもらった。みんなの目に、どう映ったかは正直分からない。突然の「歌います」宣言から、3分間の独唱は、もしかしたら物凄くシュールだったかもしれない。

だけど、私にとってのあの3分は、胸を張って一人で歌い切った、宝物の3分だった。アラフォーの今でも、こうして思い出すほどの大切な思い出なのだ。


あの週末。家に帰ってからもずっと憂鬱だった私に力をくれたのがセーラームーンのアニメだった。

いつもドキドキする戦闘シーンや、ときめく変身シーンではなく、この日はエンディングに元気をたくさん分けてもらった。

どんなピンチのときも絶対あきらめない
そうよそれがカレンな乙女のポリシー

乙女のポリシー(石田よう子)より

音楽の途中から終盤にかけて、主人公のうさぎが走り出す。何度も何度も見てきた映像だったのに、歌詞と重なって明るい気持ちになっていった。

この歌の終わりは“ピッと凛々しく”で結ばれている。

色々な人の心に、それぞれのヒーローがいる。私の場合は、それがセーラームーンだった。

幼い頃のように、自分が本物のセーラー戦士になれるとはさすがに思っていない。けれど大変なとき、挫けそうなとき、心にあるこの思い出に私は何度も救われているのだ。

【2203字】


小学2年生のエピソードはコチラ

いいなと思ったら応援しよう!

青空ちくわ
いただいたサポートは、種と珈琲豆を買うのに使わせていただきます。

この記事が参加している募集