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他人のオールを奪ってはならない

私の夫の仕事はもっぱら「育児」である。
専業主夫…と言いたいところだが、彼の実家で同居しているため、彼は主婦業を免除されている。
幸せな奴め。

既に何度かnoteで夫について書いているが、彼はいわゆる鬱で働くことができない。
結婚した直後に発症し働けなくなったものだから、一旦彼の症状が落ち着いた後はなんとか再就職をと我々は目の色を変えて必死になった。

彼はそれなりに優秀な営業マンだったため、面接には受かる。
面接などの短時間であれば、スマートで活力と積極性に溢れる好人物に擬態できる。

しかし、1日8時間×5日間となると話は別だ。
入社初日、夫は緊張しながらも元気に出社し、夕方頬を紅潮させて帰ってくる。
テンションはとても高い。

二日目の朝、わずかにダルそうに起き上がり、のろのろと出社する。昨日らんらんと輝いていた瞳には影が差している。

夕方、出社前の憂鬱さを感じさせない高いテンションで帰ってくる。
もしくは、午後体調不良で早退して帰ってくる。
どちらか2つに一つだ。

どちらでも3日目の朝の様子は変わらない。
3日目の朝、彼は布団から起き上がれなくなる。

私が夫の首に縄を付けてでも…そう思ったが、成人した大人の首に縄は付けられない。

体調不良でお休みをいただく電話すらできなくなる夫に代わり、私が会社に頭を下げ続ける日々。

途中から障害者手帳を取得し、障害者枠での雇用にも何度もトライしたがそれでも夫の身に起こることは何一つとして変わらなかった。

時には早起きして夫の通勤に付き合い夫を会社に送り届けた後、自分の会社に出勤することもあった。
自分の会社に着いた後、辛すぎてトイレでひとしきり泣いたりもした。
まるで不登校の子供に頭を悩ませる母親だ。

結局、無理なものはどうしたって無理なのだ。
そのことを何十社と同じことを繰り返し続ける地獄で学んだ。

今でも思い出すだけで頭が痛くなるくらいの日々だった。
それでも、この日々を全力でやり切ったおかげで分かったことがある。

夫はもう会社務めは出来ない。多分、一生。
これ以上のことはもう何もできないくらいにやりつくして出した結論だ。
そしてこの結論は、夫とも共有している。

それからスパッと就職活動をやめた。
そしてようやく私たちは元気と心の平安を取り戻した。

あの当時夫は好きだった漫画一冊すら集中力が続かず読めなくなっていた。

そんな人間が働けるわけなんてなかったのに、がむしゃらだった私たちはそんなことすら見えていなかった。

あれからもう6年くらい?
いつの間にか夫は漫画が読めるようになり、本が読めるようになっている。

彼は今、社労士(社会保険労務士)の国家資格を取ることを人生の目標に定めている。

2年前に初めてそれを聞いた時、私は「はいはい~がんばってちょ~」とちびまる子ちゃんも真っ青な非常に不真面目な反応を返した。

まさにこのノリであった

どうせいつもの思い付きで、2カ月後にはその熱も冷めているだろう。

私がおちゃらけ続けている2年の間に夫はまずはFPの資格を取ると言い独学で、3級、そして2級の試験に本当に合格した。

目標を決め、試験日まで勉強をし、試験当日に一人で起きて、実際に最後まで試験を受けたという事実だけで私を歓喜させるに値する出来事だった。
そう伝えると、夫は「結果(合格)の方を喜んでよ」と不満げな顔をした。

そして満を持して昨日、夫は私に社労士の勉強を本気でしたいからある講座を受けさせてほしいと真面目な顔をして言った。
20万円かかるという。

いつか自分の社労士事務所を作って、そこでダウン症のある息子を働かせるんだ!
お客さんに「いらっしゃいませ」って言うだけで月20万の給料をあげるんだ!
夫は夢見がちに語った。

「進研ゼミ受けさせてよ!1日15分で出来るんだってよ!絶対毎日ちゃんとやるから!!」
昔私が両親に熱く宣言した日のことを思い出した。
もちろん毎日やらなかった。
正直言って、完全に無駄になったと言って差し支えないだろう。
パパ、ママ、ほんとにごめん。

きっとあの日両親は、ある程度の結末を予測し、その上でなお子供の希望を叶えてくれたのだろう。

20万の出費は痛い。
痛すぎる。
普通の2馬力の家庭でもそれなりに痛いだろうが、我が家にとっては打撃である。

しかし、はねつけるわけにはいかない重要な局面であろうということは私にも分かる。

様々なものを飲み込み私は首を縦に振った。

夫の未来予想図が夢物語で終わろうが、もはやどちらでも構わない。
目指すべきものを見つけ、その炎を2年の間絶やさずにいたという事実をまずは喜ぼう。

夫がFP試験の勉強をしていた時も、社労士の勉強に関する情報収集をしていた時も、私の姿勢は一貫しておちゃらけていた。

「勉強してるの!?」「ここんとこずっと机に座ってなくない?」などという無駄なことは一切口にしなかった。

大人の首に縄を付けることは不可能だと骨身にしみて理解しているからだ。
彼が彼の意志でやると決め、やるしかないことなのだ。

夫は新たな目標を胸に、もう一度大海へ漕ぎ出そうとしている。
夫の船の主人は夫である。
夫の、いや敢えて言う。他人の船のオールを奪ってはならない。

夫婦は同じ船に乗っているとたとえられることがある。
私もそう思う。
しかし同時に夫婦であっても人は皆、自分だけの船を漕いでいるのだとも思う。

夫の船出を横目に見つつ、私は彼が船出したことにも気づかないふりをする。

気づかないふりしながら、心の中のブランデーグラスを傾ける。
君の船出に乾杯。カラン…

まぁとりあえずがんばってみたら?

知らんけど。





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たいたい
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