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折々の絵はがき(31)
〈十二ヶ月草花図 春草〉神坂雪佳 細見美術館蔵
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まるで踊っているみたいな蕨は、小さな生き物の目に映ったような迫力と躍動感をもって描かれています。雪佳にこんな絵を描かせたのは辺りを自由に飛びまわる蜂や蝶々でしょうか。彼が春の野の土に手をつき、汚れるのもかまわず身をかがめ、目を細める様子を思い浮かべました。真横から見るたんぽぽは人の目で見下ろすときとは印象が違い、声をたてて笑っているみたいに楽しげです。青々と茂る葉っぱは新鮮さにあふれていて、ちょっと食べてみたくなるくらい生き生きとした姿をしています。菫は可憐なお嬢さんのよう。踊る蕨に合わせて恥ずかし気にそっと揺れている気がします。絵はがきを眺めながら、頭の中ではいつしか遠い記憶の中にある土の手触りをたぐりよせ始めました。
神坂雪佳は明治から昭和にかけて京都で活躍した日本画家です。四条派に学んだのち、図案家の岸光景に師事し、工芸の意匠と図案制作に取り組みました。本阿弥光悦や尾形光琳ら琳派の美の作風に共感した雪佳は、染織、漆芸、室内装飾などにおいて新しい図案を生み出し、「近代の琳派」ともいわれています。
蕨と菫の葉っぱには、先に塗った絵具が乾かないうちに他の色をたらしてにじみを出す、琳派特有「たらしこみ」の伝統技法が見られます。蕨、たんぽぽ、菫が並んだ光景を雪佳が実際に見たのか、それとも想像で描いたのかはわかりません。でも、遠くへ行かずとも少し見方を変えるだけで世界はいつもと違って見える、彼がそう考えていたことは伺えます。伝統を守りつつ、何かにとらわれることのない軽やかな発想は、すぐそばにある飾り気のない美しさに気づかせてくれました。春が待ち遠しくなる一枚です。
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