能動的フリーター「こいずみきょん」の説明書
こんにちは、こいずみきょんです。
これを読めば「こいずみきょん」がだいたいわかっちゃうぞ〜!という記事です。
ちょっぴり長くなりますが、ざっと目を通していただけたら光栄です。
● おしらせ ●
普段は「青い朝(@aoiasa)」というなまえでエッセイなどを書いています。
ありがたいことに文章のお仕事を始めることができたので、スキルアップを兼ねこちらのアカウントも活用していきたいと思います。
それではどうぞごゆるりと!
1. 自己紹介
名前
「こいずみきょん」は中学時代からのあだ名。すっかり定着してしまって、わたし自身もこっちの方がしっくりきてしまう節があります。ちなみに本名は「小泉京花(こいずみきよか)」ですが、我ながらきれいな名前だと思います。
誕生日と年齢
1998年 5月18日生まれの、21歳になりました。
住まい
東京の、中央線沿いに住んでいます。新宿にはとても出やすいです。
中央線は、街ごとの色があるところとか、のんびりしていて呑み屋が多いところなんかがおきにいりです。
暮らし
去年の夏に実家を出て、いまは駅近のアパートで猫と暮らしています。ついでに、年下のかわいい女の子とシェアハウスしています。同居人はとってもおもしろいので毎日笑いが起きるよ。
好きな食べ物・嫌いな食べ物
魚と酒をこよなく愛しています。肉か魚かって言われたら魚。あとは、辛いものがだいぶ好き。ソウルフードは丸亀製麺。酒は、食べものにあわせてなんでものむ。
嫌いなものは特にないので、ごはんのお誘い大歓迎。
前置きの、基本の情報は以上です。現在は元気にフリーターとして働いておりますが、なにゆえフリーターなのかをつぎでご説明します。
2. なんでフリーター?今までなにをしてきた人間か
それではここから本題です。
今までの人生を簡単に振り返ってみましょう。
わたしの育ち
埼玉生まれ、埼玉育ち、生粋の埼玉ソウルを持ち合わせています。小学四年生の時に転校をし、川越市で青春を過ごしました。転校してからは一緒に住んでいた祖母が世話をしてくれましたが、勤勉で厳しくそして優しい祖母はわたしの人格形成に欠かせません。命の恩人です。
勉強に勤しんだ高校生
受験期に猛勉強して、あこがれだった地元の進学校へ入学しました。勉強はもちろん厳しかったですが、不登校気味になりながらも、学校生活はゆるやかでした。勉強の他には学校内外で音楽活動をしていました。
調理の専門学校へ
進学校だったのでもちろん大学進学を目指していたわけですが、さまざまな理由や状況が相まって、調理師を目指し専門学校へ進学しました。2年制の学部に入学し、日本料理と西洋料理はもちろんのこと、中華料理や製菓・製パンなんかも幅広く学びました。その後、魚の魅力と包丁さばきなどの技術に惹かれ、日本料理を専攻。魚さばくのめちゃくちゃ得意です。
さまざまな飲食業経験
高校時代、専門学校への進学を意識しはじめた頃から、あらゆる飲食店に携わりました。ジャズ喫茶から始まり、寿司屋、フレンチ、和食割烹、料亭、海鮮居酒屋、六本木のカウンター割烹など…。形態やサービス内容、接客の仕方も異なるので飲食のいろいろな側面を見れたのがとても楽しかったです。
19歳でカフェを企画・運営
専門に入学して半年経った頃、ハタチになる前に10代の集大成としてカフェをやってみたい!という想いから構想を練り企画を始めました。半年間の準備を経たのち、渋谷のレンタルスペースにて10日間のポップアップカフェ「カフェスイミー」を運営しました。とっても貴重な体験だったので、これは次で詳しく書きます〜!
実家を出て、東京で暮らす
家族であっても一緒に生活するのはしんどい、みたいなことはあると思うんですよね。わたしの場合は、母がそれでした。ちょっと一緒にいるのは無理だったので、反対されていた一人暮らしを押しきって家出しました。結果的に母との関係は想像以上によくなりましたし、いまの自立した生活にわたしも満足しています。家出、オススメ。
専門学校を退学
先ほど書いた通り、高校でも不登校気味だったのですが、順風満帆かと思えた専門学校でもついに不登校をやらかしてしまいました。行くに行けなくなってしまい、しんどさも限界を越えたところで辞めることを決意。それでも理解を示し続け、学校に行けないわたしの代わりに手続きなどなにもかもをおこなってくれた母、本当に頭があがりません。これは不登校してた時にゆるっと描いた漫画▼
鬱病を克服
1月後半から休養に入りとにかく休むことに集中しました。狂ったようにバイトや予定を詰めてしまうクセなども治し、一度まっしろな状態にして日々を過ごすなど。「休む」を「する」ことができるようになって同時にじぶんの鬱をハッキリ認識できるようになると、前より生活がだいぶ楽になり、徐々に社会復帰を始めることができました。以下は、気まぐれで描いた克服までの自己図解です。こっちのほうがイメージしやすいかもです。▼
現在はライターアルバイト
家出したのでもちろん仕送りなど無く、休養中はわずかな収入となけなしの貯金を切り崩しながら生活していました。しかし、そんな貯金はすぐに底をつきます。調子も安定してきたところで、社会復帰に迫られました。でも飲食は、やっぱり体力勝負の立ち仕事だしもう避けたい…。自分の好きなことで、スキルになるようなことがしたい…。そこでわたしは、平日週3通いのライターバイト探しを始めました。
同時に、なるべく人とたくさん会うようにしていました。休養中、引きこもりすぎたことで自分のなかの世界が閉じかけてしまい、
そんな中で会社の社長とお会いし、「いまはライターのバイトいくつか探してるんですよ〜」とお話ししたら、なんと、まったく未経験ですっからかんのわたしにライターのお仕事を振ってくださったのです。しかも、文字単価などでは無く、オフィス出勤のアルバイト。こんなトントン拍子でことが進んでいいものかと、夢かと思いました。
こうして現在、「ジラフ」という会社で元気にヒヨっ子ライターやっております。
3. 19歳で企画・運営した「カフェスイミー」とは?
20歳となって成人になることが現実的になってきたとき、10代の集大成として何かやりたいな〜と漠然と考えていたのがきっかけ。飲食を好きになるきっかけがカフェだったこと、もともとカフェ巡りが大好きだったこと、学校や音楽による知り合いが多かったことなども相まって、今までのわたしに関わってくれたみんなが集まれる「カフェ」という「空間」を作りたかったのです。
▼ こちらがその当時のアカウント。料理や雰囲気だけでも掴んでもらえたら…!
しかしながら、いくらいい企画ができてもひとりでは到底運営できません。そこでわたしは、あらゆるジャンルの人間を巻き込んでみました。例えば、写真やアートなどの展示も企画してみたり、ある夜はアコースティックのライブを企画してみたり、期間中の1日だけは他の料理人に任せてフレンチレストランにしてみたり。こうすることで、それぞれのジャンルや協力してくれた人に興味のある人が集まりますし、実際に新しいコミュニティも生まれました。
さらに、当日の営業でも人手が必要だけれど資金にそこまでの余裕はなかったため、ボランティアとしてスタッフを募集しました。ぶっちゃけ駄目元でしたが、これも、小学校から専門までの同級生などが連絡をくれたり、SNSで見てていてくれた人が協力してくださり、無事に安定した営業をすることができました。
9月に企画して、3月に営業。
10日間のために半年間かけましたが、これ、めちゃくちゃハードでした。
なぜなら、往復三時間かかる専門学校へ通いながら、バイトを3つ掛け持ちしていて、その中でちまちま進めていたからです。シンプルに死ぬかと思いました。でも人間そんな簡単にくたばったりしませんし、実際、不安よりわくわくがまさって充実していました。
場所や名前、期間はどうするかなどの基本的なことが決まると、メニューの構想などに入り、営業のフロー作り、展示やライブの企画、食材や備品の発注、スタッフのシフト作り、値段設定など、練って練って練りまくる。
営業より、準備が最も大変だった気がします。でもあれだけの準備をしたからこそ、なんの混乱もなく10日間営業することができたのだと感じます。
ちなみに、資金はアルバイトなどで貯めたお金で全てまかなっていました。想定した50万を用意して準備費で使い切るくらいでしたが、10日間の売り上げがおおよそ53万くらいで、トントンという感じでした。人件費なども出ていないのでそれくらいは回収できないと駄目だったのですが、予想以上の来客・売り上げを打ち出すことができました。ここでは、飲食店で稼ぐことの難しさを直接的に痛感しました。
この「カフェスイミー」は、わたしの人生における「成功体験」のひとつになるのではないかなと思っています。もちろん今まで頑張ってきたことは数多くありますが、「ゼロから生み出して実行する」という点においては群を抜いているはずです。わたしはこの半年間におよぶ体験を通して、自分の良さや反省点、可能性などを炙りだすことができました。
▼ 絵本「スイミー」をイメージした「あおい海のソーダ」。赤と黒のベリーで魚たちを表現しました。自分でかき混ぜるひと手間を加えることで、魚たちが泳ぎソーダが海のように青く染まってゆく仕組みを楽しいドリンク。
▼ おまけ
4.「こいずみきょん」の強み
「カフェスイミー」で得たことも含め、今までの人生や自分の性質を踏まえたわたしの強みをいくつか挙げてみます。
やりたいことが多すぎる
友人知人にたまに言われる「やりたいことが無いんだよね」とは真逆。
わたしにも良くわからないし、やりたいことがありすぎて定まらないのも問題だと感じているのですが、おそらくわたしはかなりの興味過多なんだと思います。目についたもの、基本的になんでも興味ある。「やりたいことが多い」というよりは、「興味あることが多い」のほうが強みかなとも思います。
行動力がある
カフェスイミーをやっていた頃から、よく言われるようになったことばです。本当は自分はいつもやりたいことに忠実に動いているだけで、特別「行動力がある」なんてことはあんまり意識してませんでした…。でも、ふと立ち止まってみれば、確かに「やりたいと思ったこと」をそのままにせずしっかり「実現する」ことをわたしは普段からしているなと思います。「やらなきゃ絶対に後悔する!」っていう根底があるので、今ではできることはなんでもやるようにしています。
人見知りしない
これは特筆したいのですが、わたしは人見知りをしません。理由として考えられるのは、やりたいことが多いゆえ「新しい場」に飛び込み「新しい人」と出会う機会が多いことや、学生時代は人前に出る機会が多かったこと、音楽活動時に「SNSでは知ってるけど会ったことない相手と会う」という経験に多く直面していたことが挙げられるのではないかと思っています。新しい人に出会うたびに人間は本当にさまざまだなと思いますし、そういったさまざまを知ることで他人を見る目が構築される気がして好きです。
考えるのが好き
何かを成し得なくてはいけない時、方法や行程などの最善策を考えるのが好きです。ある結果を生み出すにはどういったことが必要なのか、というような「逆算」的な考えも得意です。これは料理をする過程や数学にも似ているなと思うのですが、いかに「効率よく」「正確に」「質の高い」ものを生み出せるかというのを普段の実生活から自然と意識することで培ってきたなと思います。
ザッと思い浮かぶのはこのくらいです。「自分の強み」というのを自己分析して文章にするのはなんだか小っ恥ずかしいですが…何か思いついたらまた追加するかもしれません。
▼ 去年のひとり旅にて!鴨川で志津屋の犬パン(右上がりなのがおもしろい)を食べる。このあとトンビにうばわれました。
5. これからのこと
さて、ここで題名にご注目。「能動的フリーター」とはなんぞや、と。そうですわたしは「能動的」にあらゆることに取り組めるフリーターになりたのです。
「能動的」とは、「進んで物事を行なったり他に働きかけること」。
もちろんわたしだってフリーターが必ずしもいいと思っているわけでは無いのですが、「フリー」であることの振り幅の大きさを無駄にせず、ジャンル問わずにいろいろ挑戦しあらゆるコトや人を巻き込んでいけたらなと思っています。
今現在、考えているこれからのこと、
・まず目の前にあるライターの仕事の質を高める
・今のうちにSEOをシッカリ学んでおく
・外注の仕事を取ってバリバリ書く
・文章以外の仕事をひとつ確立する
・フリーターからフリーランスになる
この先なにが起きるかわからないですし、とりあえずの最終目標を「フリーランスになる」としました。
一度は就職しないとダメだとか今はそういう時代でもない気がするので、頑張ればこういう人生もあるよってことを示すつもりでひたむきに取り組んでいこうと思います。もし、「こういったこともしといたほうがいいよ!」なんていうアドバイスがあればいつでもご教示願います!
体調的な面や精神的なことも考慮した上での今の生活に心地よさを感じつつも、現状に満足してしまってはもったいないと日々感じます。ハングリー精神はいつでもポケットの中に、フットワークの軽さや自由に動ける時間の多さを武器にこれからも自分のなかの「ワクワク」に忠実でいようと思いますので、どうか見守っていただけたらなと思います。いつかみんなで、「ワクワク」を共有できるような何かをしましょう。
本当に長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。疲れたと思いますので、うちの猫の動画を置いておきます、癒されてください!それではまた。