大晦日のこころのえぐられ
今年もあっという間で大晦日である。
年末年始休暇の前半をほぼ全て大掃除に費やし、トイレの便器にこびりついた尿臭の素を徹底的に取り除いて、ようやく私の年内のやるべきことが全て完了した。
毎年末我が家恒例の、義実家から贈られ、解凍するいなや正月を待たずの先走りおせちを家族と食い漁り、ようやく訪れた自由時間。休みに入って半径五キロ程度しか移動していなかったので、どこかへフラリと行こうかと思った。
あと十五分早ければ、所沢へ行き特急ラビューで秩父へ行き、秩父の酒を買って、秩父鉄道の急行秩父路の中でチビチビ飲めたのにと悔しがりながら、とりあえず駅まで歩く道中で、宇都宮へ行って宇都宮ライトレールに試し乗りせんと東北新幹線の切符をスマホで購入しようとして全席満席で意気消沈した。自由席も座る余地はないだろう。各駅の宇都宮線で行くのはかったるい。帰省という概念のない人生を送った代償である。
駅に着き、ちょうど湘南新宿ラインが来そうなので、ライトレールつながりで東急世田谷線に乗ることとした。
本を読まない一年だった。
電車の中でそれを取り戻すかのように、『青春をクビになって』をKindleでダウンロードした。
研究を愛するポスドクの、夢の終わりの物語である。
東京世田谷線に乗った後、同じ方面にある大学時代の同じ史学科の友人の家に行こうと思った。下高井戸で乗り換えて、一駅目の明大前より井の頭線に乗って吉祥寺方面へ。異様に喉が渇き、急行の追い越し待ちの永楽町のホームでポカリスウェットを買う。
友人は大学院に進み、その後も研究員として大学に残った。その後、教育コンサルタントとして家庭教師と予備校の採点講師、そのほかにいろいろなアルバイトをして、生計を立てていた。
逞しい!と何度も感嘆した。
コロナ禍に入り、一緒に教育ビジネスしようぜと声をかけられ、オンラインミーティングをし、ビジネスビジネスしている奴らには鼻で笑われるビジネスプランも立てた。
最寄駅に着いて、線路沿いを数分歩くと、彼の家がある。
長く立ち止まると不審者なので、通りすがりの顔をして、視線を彼の家だった玄関に目を向けると、表札には彼の苗字がまだ残されていた。
あわよくば、彼がひょっこり玄関から顔を出すのではと期待するものの、そんなのは作り話の世界の話であり、彼が熱烈に支持していた政党のポスターではなく、別の党のポスターが貼られていた。
『青春をクビになって』の続きを読みながら、家に帰る。
すっかり心をえぐれながら、駅から競馬場行きの無料シャトルバスに乗って家に帰ろうとしたら、競馬場から来たバスの車内はただならぬ雰囲気。
乗客のおっさんが降りず、何事かと思ったら心肺停止。心臓マッサージやら救急車が来てのAEDなどで緊迫した中、最終レースへと焦るおっさんが「早くバスを出せよ。間に合わないだろ!」と罵声を飛ばす。
夢を諦めざるをえない現実が見えつつあるポスドクの主人公に、夢をすでに捨てた元ポスドクの友人が、泥酔して言っていた。
「ビジネス書ってさ、内容は違うのにみんな同じ顔をしてるんだ。金を稼ぐことが人生で一番大事。金を稼いでこそ幸せな人生。稼げない奴を誰も助けてくれない。馬鹿は損して頭のいい奴が得をする。何もしないで貧乏になっていくのは自己責任。さあお前はどうする?って。俺、自分がどんどんつまらない人間になっていくのがわかるんだよ。」
書かなかった年。
数少ない中で、今年一番読まれたのは「ジョニー」
くたびれたサラリーマンと、壊れたサラリーマンの話し。夢を早々に捨てた私のいる場所。
家族と紅白を見ながら、年越し蕎麦を啜り、ビールと白ワインと日本酒を飲む。