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読書日記2024年12月『異形コレクション メロディアス』

『異形コレクション メロディアス』(井上雅彦監修/光文社文庫)、読了しましたので感想を。

今回も怪奇幻想とホラーの世界を堪能させていただきました。
テーマは音楽や音。
監修の井上雅彦さんの序文によると、「メロディアス」=melodiousとは、「メロディの美しい」「旋律に富んだ」「妙なる調べ」といった意味で使われる言葉とのこと。
ということは、切なく美しい話が多いかな?と予想していたのですが、良い意味で裏切られ(もちろんそういうタイプのお話もありましたが)、容赦なく恐ろしいお話もたっぷりとありまして。

特に好みだった作品について、感想を書いていきます。

坂崎かおる「エリーゼの君に」

ごくありふれた日常的な世界しか描かれていないにもかかわらず、とんでもなく恐ろしいお話でした。
固定電話の時代、小学校に連絡網という存在があった時代。
母は出産のため入院中、父も不在の家の中。
ひとりで留守番をしていた時子のもとに、連絡網が回ってきました。
「明日はお弁当が必要」という内容の連絡を、自分の次の順番である「須藤ひかり」に連絡します。
実は、須藤ひかりはずいぶん前から不登校で、時子は会ったこともありません。
電話をすると女性の声で応答はありましたが、それがひかり本人なのかどうかもわからない。
しかも「あの、ちょっと待ってください」という声の後に保留音――「エリーゼのために」が流れ始め、それは途切れることもなく……。
あまりにも長く流れ続ける保留音に、時子はとうとう、ひかりの家を直接訪ねて連絡を伝えようと決めます。
その時点ですでに常ならぬ世界への道筋に迷い込んでしまったのか、あるいは、その後の人生のどこかで進むべき進路が狂ってしまったのか。
最後に辿りついたのは、まさに行き止まり、どうやっても抜け出せない袋小路とでもいうべき場所。
突如鳴り響く固定電話の音、誰もが知っている「エリーゼのために」のメロディが非常に効果的に使われていました。

篠たまき「軸月夜」

今、文学仲間とホラーアンソロジーの同人誌を作成しているのですが、その流れでホラーについて語り合っている時に、
「ホラーとエロスって相性が良いよね」
という話になりました。
その時、私の頭の中で一番に浮かんだホラー作家さんが篠たまきさんです。
今回も期待に違わず、官能的で美しい、そして邪悪で恐ろしい物語を楽しませていただきました。
大叔父が一人で暮らす家にある、「お布団部屋」と呼ばれる薄暗い和室。
その部屋の壁には掛け軸が隙間無く掛けられていました。
描かれているのは、観音様や制咤迦童子、矜羯羅童子、邪鬼を踏む毘沙門天に鍾馗様といった神仏たち。
親族が集まると、子どもたちはお布団部屋で眠ることになっていました。
ある夜、主人公の「僕」がふと夜中に目を覚ますと、軸に描かれた神仏たちが自分をじっと見つめていて……。
その後に繰り広げられた饗宴――とも呼ぶべき、官能を刺激してやまない美しい場面はぜひ実際に読んで味わっていただきたいです。
しかし美しいだけで終わらせないのが、篠たまきさん。
長じて大叔父の掛け軸を受け継いだ「僕」が変貌していくさま、あらわになる掛け軸たちの本性。
恐ろしく面白く、楽しませていただきました。

井上雅彦「吼えるミューズ」

ヴィクトリア朝のロンドンを舞台に、精神科医レディ・ヴァン・ヘルシングとその助手であり司書であるジョン君が活躍するシリーズの最新作。
私はこのシリーズの雰囲気と、このバディが大好きでして。
今回は冒頭、ジョン君がレディから「ギョクロ」なる濃緑色の液体(正体は皆さんおわかりですよね)を勧められ、アワアワしちゃってる場面を読めただけで、なんだか大満足でした。
もちろん本編のほうも面白かったです。
今回の依頼はスコットランドヤードから、とある奇妙な事件に関連して。
耳から血を流して死んでいた二人のアメリカ人と、その間に倒れていた一人の男がいました。
この男は保護されたものの、心を閉ざしてしまっており会話もままならず、警察は事情を聞くことができない。
その彼の心を開くため、レディが呼ばれたわけですが……。
明らかになった彼の身元、警察から釈放された彼を待ち受けていたものたち、そして意外な「ミューズ」の正体。
短い物語なのにとてもドラマティックで、クライマックスの場面は圧巻の迫力でした。

斜線堂有紀「小夜鳴け語れ、凱歌を歌え」

斜線堂有紀さん、大好きな作家さんのひとりなのですが、今回は初めて読ませていただく時代物でした(いつもはSFや異世界物が多い)。
いったいどんなお話かな、とドキドキしていたのですが、残酷で切ない斜線堂ワールドはどの時代にも不思議とマッチするようで。
舞台は戦国時代。豊後と肥前との争いの陰で活躍する「夜啼番(よなきばん)」と呼ばれる少女たちの物語です。
夜啼番たちは、肥前の龍造寺一族・慶誾尼(けいぎんに)のもと、特殊な歌を用いて戦の伝令役を務めていました。
新たに夜啼番となるべくやってきた少女・月照(げっしょう)ですが、実は彼女は豊後から間謀として送り込まれた存在でした。
月照を迎えたのは、花鶏(かけい)という少女。
全身を包帯で覆われ這って動くことしかできないにも関わらず、この世のものとは思えない美しい声と、圧倒的な歌の技量を持っていました。
月照もですが、花鶏も、そしてほかの夜啼番の少女たちも悲惨な過去を経て慶誾尼のもとで働いています。
その過去を共有し(月照は正体を隠しながらも)、歌声を合わせることで、次第に月照の心に変化が生じていき……。
最後の戦場の場面は、悲惨・残酷の極みとしか言いようがないのですが、それであるがゆえに凄絶な美しさが漂っていました。
ラストの一行が強い皮肉を感じさせます。

空木春宵「h⚪︎le(s)」

自分の体に孔(あな)を穿つことに取り憑かれた主人公の物語。
ウェブメディアの記事と、主人公の独白という二つのパートが交互に彼女の人生を語ってゆきます。
幼い頃から、自身の体に孔を穿ちたい、という衝動を抑えきれず、実際に孔を開け続けてきた主人公。
それは自傷行為の一環ではなく、ただひたすら「孔を開けたい」という純粋な欲望です。
手術費用を稼ぐため、体を売ることも躊躇しません。
やがて彼女は体に開いたいくつもの孔に風を通し、「演奏」するようになっていきました。
そこを音楽プロデューサーに見いだされ、「絢咲灰音」という名前と「わたしは一つの管楽器」というフレーズを与えられますが……。
彼女が体に孔を開ける描写が、痛い。読むだけで痛くて、目を逸らしそうになる。
そんな痛みに耐えてまで孔を開けたい、という欲望と衝動の正体とは、いったい何なのか。
その正体について作中で明らかに語られることはありません。
(語ることのできるものではないのでしょう)
最後は開けすぎた穴のために身動きもとれず、演奏もできなくなって、ただ病院のベッド上に横たわっている主人公。
その中で、与えられた名前を捨て、「絢咲灰音ではありません。わたしです」と心中でつぶやく主人公には絶望が漂っています。
けれど同時に、自らの生死をもかけての衝動を貫き通した潔さ、強さを感じてしまったのは、読み方として誤っているのでしょうか。
あくまで「絢咲灰音」という、表面のキャラクターでしか彼女を理解しようとしないウェブメディアのライターと、自分も同じ誤りを犯してしまっていないか……
ついそんな恐れを抱いてしまうくらい、慎重に取り扱いたくなる、繊細な物語でした。

久永実木彦「黒い安息の日々」

軽妙なタッチで綴られる、合唱部青春ホラー。
ホラーではあるものの、自分の祖母を魔女だと信じ込んでいる主人公・美句(みく)とその友人・沙螺(さら)や合唱部の部長とのやりとり、合唱部を廃部に追いやろうとしている教頭のキャラなどがライトノベル的で愉快です。
美句は自宅の屋根裏から『悪魔召喚(サモン・デーモン)』という題のついた楽譜を発見。
いざ人類を滅ぼすべく、鍵盤ハーモニカを沙螺に弾いてもらい、歌を歌ってみますが何事も起こらず。
楽譜は合唱譜で、どうやら合唱で歌わないと効力を発揮しないらしいとわかり、部長の誘いに乗って二人で合唱部に入りました。
合唱コンクールで『悪魔召喚』を歌うことになり、練習を始めると、さっそく天候が怪しくなり、音楽室に瘴気が満ち始めて……。
『悪魔召喚』の楽譜はニセモノで、歌っても悪魔は出てこないという展開になるのかな?と予想していたので、実際に悪魔が出てきちゃうんだよ、という展開には意表を突かれました。
ラストまでノンストップで楽しめて、意外な真相も明らかに。
なるほどねと納得すると同時に、ひやっと背筋が冷たく……。
タイトルの意味回収がさりげなく行われているのも良きですね。

以上になります。

自分で小説を書く時、音楽や音というものを文章で表現することは難しいな……と感じます。
今回の『異形コレクション』を読んで、こんな描写のしかたもあるのか、こう描けば音が魅惑的に伝わってくるのか、と勉強にもなりました。
(さっそく自作に生かせるかどうかは別として)

また次巻も楽しみにしています!
(了)

ちなみに前巻『異形コレクション 屍者の凱旋』の感想はこちら。
今のところ、私のnote記事のなかで一番読まれているようです。


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