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なぜ“今更”この問題を記事にしたのか。『感染者が立ち寄った店』知事のひと言で客は消えた…老舗ラーメン店主の絶望 を取材した記者が答えます
「なぜ今出てきたんだろう」「今更感」
1月に共同通信が公開した記事「『感染者が立ち寄った店』知事のひと言で客は消えた…老舗ラーメン店主の絶望 行政のコロナ対応は本当に妥当だった? 今考えたい感染症対策」に、SNSで寄せられたコメントです。
たしかに、この記事で取り上げたのは、コロナ禍初期の2020年に当時の県知事が感染者の立ち寄った店名を公表した出来事です。なぜ、今この記事を出そうと思ったのか-。
■ ラーメン店の敗訴
こんにちは。徳島支局の米津です。高松支局の牧野記者とともにこの記事を担当しました。
新型コロナウイルス禍では、マスクの着用にステイホーム、会食の禁止、旅行や移動の制限など、感染防止のために様々な制約が課されました。周囲の目を気にして、堅苦しい思いを抱えた人も多かったのではないでしょうか。
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今振り返ると異様や過剰に感じる出来事もあったなと私は思います。
徳島県であった典型的な出来事が、記事で取り上げた感染者の立ち寄り店名の公表です。私は1年前、このラーメン店が県を訴えた裁判の判決を徳島地裁で取材しました。
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結果は、ラーメン店側の敗訴。
県側の主張が認められ公表の緊急性や必要性があったため適法だという判断でした。
■ ニュースの価値
マスコミの仕事では、ニュースの大きさを判断することが求められます。たとえば、どの記事を新聞の1面に載せるか、番組のトップに流すニュースはどれか。
ラーメン店が負けたこの裁判の記事は、ある程度の分量で出せたものの、とりわけて大きな扱いにはなりませんでした。敗訴という結果のみでは、人々の目を引くことができなかったためだと思います。
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ただ、私はこの裁判には結果以上に、問題提起の価値があると当時から考えていました。
なぜ、店の同意がない中、コロナ感染者が立ち寄って飲食しただけで行政に公表されたのか。
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感染対策が重要なのは言うまでもありません。しかし、コロナ禍が落ち着いた今、感染対策とそれによる不利益のバランスをどうとっていくのか、店名公開は本当に必要だったのか、冷静な議論をする必要があると思います。実際に公表によって被害を受けたラーメン店の存在は、無視できないはずです。
改めて広くこの問題を伝えたい。それが、この記事を“今更”書いた理由です。
判決が出た当時はこうした切り口の記事は書けなかった。まだコロナ禍で、私としても冷静にこの問題を見つめられていなかったと自省しています。
ラーメン店は昨年7月、高松高裁でも敗訴し、最高裁に上告しました。しかし、その時も記事の扱いは大きくはありませんでした。
今回の記事を読んで初めてこの問題を知ったというコメントも多く見受けられました。ニュースはその名の通り、新しい物事を伝えるものですが、すでに報じられた事柄でも、社会の情勢を捉えていれば「旬」な話題となりえるのだと実感しました。
■ 私とコロナ
ところで、私もコロナ禍に学生時代を過ごし、翻弄されてきた一人です。
例えば2020年に行った就職活動。面接自体経験が浅い上、リモートという形態で、きちんと考えが伝わっているか試行錯誤していました。物の多い部屋の片隅で背景がきれいな場所を探し、何回も初対面の人に話をしたことを鮮明に覚えています。
自己PRをする動画を撮って送った後に採用活動自体を取りやめた会社もありました。
コロナ禍でなければ共同通信で働けていなかったかもしれません。一方で、今はコロナ禍について原稿を書いている。そう思うと不思議なめぐり合わせを感じます。
米津 柊哉(よなず・しゅうや)
2021年入社。さいたま支局を経て徳島支局。今年の小さな目標は机を整理整頓すること
こちらも米津記者の記事です。
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