(無料公開中)- 他人は、変えられない。
こんにちは、安斎響市です。
先日、こんなツイートをしました。
仕事って、大変です。
特に大変なのが、人間関係です。
頭の悪い上司。
話の通じない先輩。
使えない部下。
無茶ばかり言う社長。
結構、日々嫌になっている人も多いと思います。
ただ、ぶっちゃけ、それをあんまり気にしても仕方がないと思うんですよね。
なぜなら、他人はどうやっても変えられないから。
「この人は、こういう人なんだな」と受け入れるしかないんです。
「他人」に固執しても、幸せにはなれない
仮に、気に入らない人がいたとしても、別に自分はその人の親や教育者じゃないんだから、わざわざ「あなたの行動はおかしい」「あなたは、もっとこうすべきだ」なんて怒っても、意味はありません。
いくら言っても、その人は変わりません。
もしかしたら変わるかもしれませんが、「変わるかどうか」は、その人次第です。自分の手で変えようとコントロールすることは、できません。
会社の同僚や取引先に「コイツ、頭大丈夫か?」と思う人がいても、いちいち頭に来ていては、仕事になりません。
それは相手のせいではありません。
自分の未熟さのせいです。
相手のせいにしている時点で、レベルが低いんです。
「ダメな上司に当たったせいで、仕事が全然上手くいかない」
「ブラック企業に入社してしまったせいで、人生台無しだ」
「毒親の元に生まれたせいで、自分は不幸なんだ」
こういうの全部、レベルが低いんです。
なぜなら、「上司」も「会社」も「親」も、
他人だからです。
他人に固執する人は、幸せにはなれません。
仕事が上手くいかないのは、「上司のせい」ではない
Twitterには、愚痴が多いですよね。
ブラックな会社の愚痴、ポンコツ上司の愚痴、モラハラ夫の愚痴。
「上司がクソだから努力しても報われない」などと、自分の人生が上手くいかないのを「何かのせい」「誰かのせい」にしている話が、非常に多いです。
こういう人たちって、実は、自分の仕事が上手くいかないのを都合よく「上司のせい」にしているだけではないかと、私は思います。
社会人として当たり前の話ですが、「上司を上手く使う」のも、仕事のスキルのうちです。
「上司がスムーズに仕事をできるようにサポートする」のも、部下の役割のうちです。
もちろん、逆に言えば、「部下を上手く使う」「部下の教育をする」のは上司の役割ですが、それは決して一方通行ではなく、上司 ⇔ 部下 の双方向でお互いに考えるべきものです。
すべて「上司の責任」ではありません。
「上司に気に入られる能力」「上司を上手く使う能力」が低いのは、自分自身の問題です。
もちろん、自分自身の問題ではなく、上司側が明らかにおかしいというケースもあるとは思いますが、その場合は、それは自分ではコントロール不可能なので、考えても仕方がありません。
どんなに頑張っても、上司の思考や行動を変えることはできません。
考えるだけ、無駄です。
そういうときは、「上司をいかにスルーして仕事を進めるか」「いかに都合よく上司にハンコだけ押させて仕事を片付けるか」などを考えるしかありません。
上司自身を変えようとしてはいけないし、「上司のせいで仕事が進まない」なんて思ってはいけません。
「他人がどう反応するか」は、自分ではコントロールできない
自分は、「自分が正しいと思うこと」をすればいいだけですし、それに対して「他人がどう反応するか」は、自分ではコントロールできません。
自分が正しいと思うように仕事をした結果、上司がそれを気に入らず、叱責されたとしても、それは仕方がありません。上司がどう思うかは、上司次第です。
「なんで分かってくれないんだ?」なんて思った時点で負けです。
どうしても、その上司と一緒に仕事はできない、その上司の元では自分が正しいと考える仕事ができない、それは絶対に耐えられない、と思うなら、その部署を去るか、会社を去るか、上司が交代するまで待つしかありません。
それは「自分自身の行動」です。自分が信じるものを選べばいいだけです。
そこに、上司の意思はあまり関係がありません。
もうひとつ、別の例を挙げましょう。
私は過去に2冊ほど、本を書いています。
でも、この本を読んだ読者の方がどう思ったのか、この本を読んで何か行動に移すことができたのか、などは私には一切コントロールできません。
本を読んで何を感じるかも、人それぞれです。
もしかしたら、私が意図したのと全く違う捉え方をしてしまった人もいるかもしれません。
しかし、私は、それはあまり気にしていません。
それは、「読者の問題」であって「私の問題」ではないからです。
私は、今年2冊の本を書きました。
自分では、2冊とも、とても良い本に仕上がったと思っています。幸いなことに、両方そこそこ売れていますし、全国の書店に、ずっと並んでいます。
それで、もう十分なんです。
これらの本を読んだ人にどうなってほしいとか、どういうキャリアを歩んでほしいとか、まあ何も思わないわけではないんですけど、実際にどうなるかはその人次第で、「本人の問題」なので、私がいちいち読者一人一人の人生を気にしても仕方がありません。
「なんで私が本に書いたことを理解してくれないんだ!?」なんてことは、正直思いません。その本をどう解釈するかは、読者の自由です。
「課題の分離」
要するに、「課題の分離」ということです。
自分がチームのため、会社のためを思って本気で考えて行動できたのであれば、それは「自分は良い仕事をした」と誇って良いはずです。
その仕事について、「上司から認められるかどうか」「上司が褒めてくれるかどうか」は、自分の問題ではなく上司の問題なので、あまり考えても仕方がありません。
上司が何と言おうと、「自分は良い仕事をした」と心から思えるなら、それで良いのです。
上司がそれを評価するかどうか、会社がそれを評価するかどうかは、他人の問題であって、自分ではコントロールできないのだから。
逆に、「上司から認められたい」「会社で評価されて出世したい」などと強く思えば思うほど、常に「他人の目」ばかり気にして生きることになってしまいます。
自分が本気で正しいと思うことをして、評価されないなら、それはそれで仕方がありません。
自分の努力が評価される場所を探すか、自分の行動は間違っていると考えを改めて次回から自分の行動を変えるしかありません。
これが「自分の問題」です。
自分次第でコントロールできる範囲です。
「こんなに頑張っているのに、どうして評価してもらえないのか?」
「自分はこんなに一生懸命やっているのに、上司が動いてくれない」
などと、考えるだけ無駄なんです。
それは「他人の問題」だから。
自分次第ではコントロールできない範囲だからです。
おわりに
仕事も、キャリアも、人生も、結局は「自分次第でコントロールできる範囲」の努力で頑張るしかありません。
考えても無駄なことは、いくら悩んでも仕方がないので、考えるのをやめましょう。
他人は、変えられません。
こういう割り切りができるようになると、生きるのがとても楽になります。
他人に変に期待せず、自分がやりたいことだけをやれるようになるからです。
今書いているこの文章も、言ってしまえば「私の自己満足」です。私が書きたいから書いています。
この記事を読んで何を思うかは、読者の方一人一人の受け止め方次第です。
「何だこりゃ、クソつまんねぇな」と思うのも、あなたの自由ですし、
「安斎さん!好きです!抱いてください!」と思うのも、あなたの自由です。
今日のお話は、大部分が『嫌われる勇気』のアドラー心理学をベースにしています。
気になる方は、読んでみてください。
以上、お相手は、安斎響市でした。
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