![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/162814114/rectangle_large_type_2_4de3dfe653823781e35e1c4bc9b58a62.jpeg?width=1200)
父との思い出はいつもスタジアムの中にあった|映画『ぼくとパパ、約束の週末』 感想
父親とのLINEで出てくるのは、いつも同じ話題だった。
それは、地元にあるJリーグのサッカークラブ「ガンバ大阪」のこと。チームの試合が終わると、どちらからともなく連絡をする。
「あのゴールが最高やった」「もっと得点取ってほしい」「坂本(選手)のターン上手すぎる」などなど、本当に友人同士で会話するような他愛のない感想を言い合う。
![](https://assets.st-note.com/img/1732261350-bagOUjEX7zTHf2JR9GunlcsZ.jpg?width=1200)
去年はチームの成績がジェットコースターのように乱高下した一年だったので、LINEを読み返すとお互い愚痴ばかりだったのだけれど、今年はチームの調子も良く、試合後の感想も一喜一憂で熱を帯びている。
そうやってLINEをしているとき、父親と同じサッカークラブのサポーターでよかったといつも思う。もし、自分が「ガンバ大阪」を応援していなかったら、こんなにも頻繁に連絡を取っていなかっただろうから。
子どもの頃、連れていってくれたスタジアム。
父親とふたりだけで観るフットボールの試合。
新宿ピカデリーで観た『ぼくとパパ、約束の週末』は、そんな父とふたりでスタジアムへ行った日の記憶を、瑞々しく思い出せてくれる映画だった。
ドイツに暮らす10歳のジェイソンは、幼きころに自閉症と診断された男の子。自らが決めたルールを破られると頭がパンクしてしまい、ときには感情的な行動に出てしまうこともある。
父・ミルコと母・ファティメは、そんな息子が安心して暮らせるように気遣い、仕事や家事の合間を縫って、彼が好きな宇宙についての話を聞いてあげていた。
そんなある日、ジェイソンはクラスメイトから「どこの(サッカー)チームのファン?」という質問に答えられず、からかう相手に反発して、ついには衝突してしまう。
彼が暮らすドイツでは「ゆりかごにいるときから好きなチームが決まっている」と言われているほど、フットボール文化が根づく国だった。
しかし、比喩が苦手で、理屈に合わないことが嫌いなジェイソンには理解できない考え方。そこで、学校でのトラブルから家に帰ってきたジェイソンは、両親に驚くべきほどシンプルかつ合理的な提案をする。
ブンデスリーガ(ドイツのプロサッカーチーム加盟するトップリーグ)に所属するすべてのクラブを観てからでないと、好きなチームは決められない。
だから、実際にスタジアムへ行きたい。
ブンデスリーガに属する56のチーム、すべてのスタジアムに。
かくしてジェイソンと父・ミルコは、ドイツ全土に点在するスタジアムを訪れるべく、毎週末、フットボールを現地で観戦することになる。
ただ、ジェイソンは環境に悪影響でサステイナブルではない車という乗り物を嫌っているので、どこへ行くにも鉄道での移動。
日本に例えるなら全国各地、47都道府県すべてのスタジアムへ電車を乗り継ぎ日帰りで遠征するようなもの。途方もない旅に思える。
しかも、人が大勢集まるスタジアムで観戦するためには、身体を触られる手荷物検査や試合中の一際大きな歓声など、ジェイソンにとってさまざまな難関をくぐり抜けなければならなかった。
それでもふたりは、どれだけ遠い場所にあるスタジアムでも現地に赴き、ときには「黄色の壁」とも称されるボルシア・ドルトムントの本拠地「ヴェストファーレン・シュタディオン」のゴール裏まで足を運ぶ。
彼が実際に目にして決めた「推しチーム」を見つけるまで。
誰の言葉にも流されず、自分が定めた信念にまっすぐ突き進むジェイソンと、そんな彼にとことん付き合い、弱音を吐きながらも息子の主張を受け入れてスタジアムへと連れていく父親。
そんなふたりの道中は、観ている人にとってもハラハラする瞬間の連続で、それでいて、きっとこの先何度も思い出すことになる、愛おしくてかけがえのない時間に思えた。
実のところ、小さいときにスタジアムで観るサッカーは、そこまでおもしろいと思えなかった。まだまだ自分がボールを蹴る側でいるのが楽しいお年頃だったから。
それでも、わざわざ父親が誘ってくれていることもあって、ふたりで車に乗って当時のガンバ大阪のホームスタジアムだった万博記念球技場へと足を運んだ。
試合に勝ったら選手たちとサポーターが喜ぶ姿を目に焼きつけ、負けたら早々に撤収する。劇的なゴールが決まれば、それはもう大騒ぎ。
そして、試合が終わったあと、スタジアムを出るときはいつも渋滞に巻きこまれる。これは勝っても負けても変わらない恒例行事だった。駐車場付近は、本当にぜんぜん進まない。
もしかしたらモノレールと電車を乗り継いで帰路につくほうが、楽に家へと帰れたのかもしれない。それでも父親は小中学生の自分を気遣ってか、大体車でスタジアムへと連れていってくれた。
思い返すと、車で行くのだから当然、父親はスタジアムでお酒を飲むことはできない。
今、自分がスタジアムへ行くたびにビールを片手に観戦していることを思うと、きっと当時は我慢してくれていたんだなと、あらためて気づかされる。
ちなみに映画でも、ジェイソンの父・ミルコはスタジアムでお酒を飲まない。
休日、家に居るときは、ボトルを片手にお酒を飲んでいる姿がたびたび映しだされている。それでも、ジェイソンとふたりでいるとき、彼は息子の身体が他人と触れないように手をまわしながら、うねる群衆のなかを必死で進んでいく。
お酒を飲む余裕なんてあるはずがなかった。
実際、小さい子どもをスタジアムに連れていくのは、いろんな気苦労があるんだろうなと思う。ずっと試合に集中できないかもしれないし、子どもが飽きて携帯ゲームに熱中していることもあるかもしれない。
それでも自分は、あのときスタジアムへ連れていってくれたから、東京に越してきたあとも、ひとりぼっちの観戦でも、楽しく故郷にある心のクラブを応援することができている。
これからもきっと父親とのLINEは、チームの勝ち負けやオフシーズンの移籍報道、スタジアム観戦の報告ばかりだろう。
そして、そんな関係がずっと続けばいいなと思う。
![](https://assets.st-note.com/img/1732259265-jkHR7EVIvGtJS6mgD9pOy3Un.jpg?width=1200)