ドラマ『アンメット』が灯す希望だから信じられる
最初に『アンメット』を観ようと思ったきっかけは俳優・杉咲花に惹かれたからだった。
『市子』『52ヘルツのクジラたち』と立て続けに観た作品で、役柄に憑依したかのような圧巻の演技と、揺るぎない意志が宿る力強い瞳が、ずっと目に焼きついていた。
恥ずかしながら、ドラマの第1話はあらすじもろくに確認することなく、漠然と観はじめたような気がする。
そして、1話を最後まで見通したとき、杉咲花が演じる役はどうしてこんなにも重く、過酷な過去を抱えているのだろうと思った。
記憶が1日しか持たない彼女が生きる世界
この物語の主人公である、杉咲花が演じる川内ミヤビは、交通事故によって過去2年間の記憶を失い、たった1日しか記憶を保つことができない記憶障害を抱えている。
もともと優秀な脳外科医としての将来を渇望されていた彼女が、不慮の事故によって失った記憶は、今まで積み上げてきた自信や経験、そして信頼にさえ直結する大切なものだった。
『アンメット』のOP曲で流れる上野大樹さんの『縫い目』の冒頭の歌詞からは、彼女が朝、起きたときの戸惑いと葛藤が痛いほど伝わってくる。
起きて真っ先に確認する日記。そこには、過去2年間の記憶に関する出来事がびっしりと刻まれている。
一日が始まると同時に、自身の失われた記憶と対峙しなければならない。それも、毎日。
第1話で「今日できることを精一杯やる。私には今日しかないんだから」と日記に綴る川内先生の心情を、観ている人が簡単に察することはできない。
それでも、川内先生は、病院内で決して諦めや悲しみを周囲に見せることはなかった。
失った記憶も、1日しか保つこととのできない記憶も、同じように刻まれた日記を確認して病院へと赴き、あくまで前向きに自身と向き合って、患者に寄り添いつづける。
彼女はどれだけの葛藤を乗り越えて、どれほどの恐怖を飲み込んで、あの場所に立っているのだろう。
ぐちゃぐちゃの感情が脳内を交錯しながらも、川内先生が日記をすみずみまでじっくりと読み込むシーンを見るたびに、そんな想いが浮かんだ。
そして、そんな彼女を見守り、支える周囲の人々の優しさと強さが、何気ない言葉や行動からも伝わってきた。
千葉雄大さん演じる星前先生は、おちゃらけたムードメーカーでありながら、川内先生が自分の選択で前に進めるように積極的に声をかける。
野呂佳代さんが演じる成増先生や山谷花純さんが演じる森ちゃんも、彼女のことを気遣いつつ、意思を尊重する姿が印象的だった。
そして、何よりも若葉達也さんが演じる三瓶先生の存在が、医者として生きていくことから遠ざかっていた川内先生の心に少しづつ変化をもたらす。
ときには、不遜な態度とマイペースな言動で周囲をハラハラさせる三瓶先生だったが、頑なに川内先生には「あなたは医者だから」と言葉をかけつづける。
そして、三瓶先生や周りの人々のサポートもあり、川内先生も少しづつ今日だけを生きるのではなく、続いていく日常とともに毎日を過ごせるようになっていく。
しかし、「記憶を失っても強い感情は忘れません」と語る三瓶先生もまた、現代医療が抱える問題と戦っていた。
目の前のひとりの命を救うのか、未来の大勢の命を救うのか。
言葉にするほど容易に天秤を傾けることはできないだろうけれど、どちらかに揺るぎない信念を載せられる人が、医療の現場に立っている。
そして、かすかな希望は、ときに諸刃の剣となる。灯した希望が眩ければ眩いほど、消えてしまったときの失望は大きくなる。
ただ、それでも、三瓶先生が進む道に消えてしまいそうな光がある限り、諦めることは決してない。灯した光を消さないまま、相手を傷つけない方法を何としてでも探し続けるんだろうと思える。
あと何よりも、このドラマのすごかったところは、それぞれが起こした行動や決意をいっときの演出だけで描かないこと。
星前先生がずっと左手で食べる練習を続けていること、三瓶先生がコーヒーをもらう際に抹茶パウダーを毎回入れてもらうこと、どれもが自然にストーリーの背景へと溶け込んでいる。
画面の奥にいる彼らが、あの世界で生活して、日々、葛藤しながらも前に進んでいるのだと、観ている人が信じることができる。
第9話では、三瓶先生が「僕はまだ光を見つけられてません」と告げて、川内先生は「三瓶先生は私の心を灯してくれました」と応えるシーンがあった。
これまで支えられる側だった川内先生が、三瓶先生に自らの言葉でストレートに伝えた想いは、これまでの2人のやりとりや積み上げられたエピソードがあるからこそ、心に強く響くものだった。
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個人的に、三瓶先生と川内先生が朝、病院へと向かう道でコーヒーを飲みながら語らうシーンが好きだった。コーヒーに抹茶パウダー入れるのを試そうとは思わないけども。
今日、最終話を迎える『アンメット』。
終わってほしくないけど、その結末を目に焼きつけたい。
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最終話を終えての感想も残しておくことにする。
本当に、一本の映画を観ているようだった。
焦燥感も、緊迫感も、忘れられない記憶も確かにそこにあった。
昨日が今日に、今日が明日につながる。フィクションではなく、あの世界で懸命に生きる彼らが言ってくれるから信じられる。
『アンメット』はずっと記憶に残り続けるだろう、忘れられない作品になった。