ひとはみな一人では生きてゆけないものだから~読書note-7(2022年10月)~
先日、叔母が家を売り払うらしいと叔父から聞かされた。叔母は夫(我が社で働いていた)が数年前に亡くなってからずっと一人暮らしだったが、東京で商売をしている娘夫婦が家を購入するというので、こちらを売り払って、足利市から娘夫婦と孫のところに行く決断をしたと。
いずれはそうなるだろうなと、俺を含め親戚一同思っていたが、叔父や親父とかにも全く相談のない急な話だったので、お節介焼きの叔父が、他人の手に渡るなら親戚の誰かが買った方がいいだろうと、俺に買わないかと連絡してきたのだ。
自分には実家を建て直すというミッションがあるのと、息子二人を私大に行かせてすっからかんなので断った。今から10年くらい前だったら、実家を建て直すまで暫く住むために買ってもよかったが、ボロボロの実家はあと10年は持たんだろう。
結局、叔母は一旦売却を進めるのを休止にしたとのこと。いずれ娘夫婦にお世話になるにしても、元気なうちはまだこちらで生活したいと。何せ今の家は、広くておしゃれで立派なのと、叔母はダンスの先生もやっていたので交友関係も広く、友人たちがよくお茶飲みや遊びにその家に来たり、足利市内のカフェを巡ったりして楽しんでいる。そんな交友関係を捨ててまで、家族以外の知人が一人もいない東京の狭い家で暮らす決断をするのは容易ではない。
明日は我が身の独り身の男は、本を読むスペースさえあればどんな家でも良いぞ。
1.ビタミンF / 重松清(著)
まぁ、最近は心配事があって、元気が出ない。そんな時に読む本はないかと本屋で探していると、裏表紙に「一時の輝きを失い、人生の“中途半端”な時期に差し掛かった人たちに贈るエール」とあったこの本と出会う。重松清さんの作品は何冊か読んでいるが、この直木賞受賞作は読んでなかった。
Family,Father,Friend,Fight,Fortune…<F>で始まる様々な言葉をキーワードに書かれた7つの短編集。主人公は皆、今の俺より一回り若い40歳前後の父親。子育て真っ最中、特に思春期の子を持つ親の話が多いから、あと10年早く、この本を読みたかったな。
4編目の「セッちゃん」は、特にせつない。いじめを受けている娘が両親にはそれをひた隠し、自身のいじめ被害を架空のいじめられっ子“セッちゃん”の話に仕立て上げ、家で両親に明るく話す。そのいじめはやがて両親も知ることになり、父親はあるもの(ネタバレなので隠す)に娘の未来を託す。
でも、今、この本と出会ったことに意味があるのかも。我が長男も今、もがき苦しんでいる。彼の成功を信じ、毎週20km以上の願掛けwalkをしている俺は、中身は違えどこの父親の気持ちが痛いほど分かる。我が子の苦しみを解き放つために、出来る限りのことをしたいのよ。
2.黄昏 / 南伸坊、糸井重里(著)
以前から色んな著名人がこの本が面白いと言っていて、確か今年の1月くらいに買ってあって、最初の鎌倉編だけチラッと読んでそのままになってた。いよいよ大河「鎌倉殿の13人」が佳境に入り実朝の時代になってきて、確か鶴岡八幡宮で殺されたのを糸井さんが実朝でなく頼朝だと勘違いしてた話あったなぁと思い出し、読み始める。
南伸坊さんと糸井重里さんの雑談紀行、ホントくだらない話が延々と続き、でもクスっと笑えて心地良い。目の付け所が面白い仲良しの二人の大人が、鎌倉、日光、東北、東京と巡りながら、とりとめのない話で盛り上がる。
ジャムおじさんはアンパンマンでなくジャムパンマンを作るべきだったとか、どじょうすくい愛好家が電車に乗ってたらとか、たいして知ってもいないヘレンケラーとか、ポリッシャーの扱いでマウントとるだとか...
でも二人の豊富な知見が時たま混ざり、話に広がりと深みが増していく。
人生の黄昏時に、こんな風に一緒に旅してくれる友達なんて、俺にはいないなぁ。強いて言えば、小中の親友だったタケシと今でも付き合いがあったら、こんなバカ話ずっとしてたか。何気ない心のふれあいが、幸せを連れてくる。俺にはやっぱ妻だなぁ。
3.ファーストラブ / 島本理生(著)
自分は著者を恋愛小説の書き手と認識していたので、本屋で平積みされてたこの本のタイトルを見て気に入ったのと、本作が以前直木賞を受賞したとの認識もあったので買ってきた。だが、読んでみると、恋愛小説などではなく、倒叙ミステリーのようだった。
ある夏、アナウンサー志望の女子大生・聖山環菜が父親殺害の容疑で逮捕される。この事件を題材としたノンフィクション本の執筆を依頼された、臨床心理士の真壁由紀が主人公。環菜の国選弁護人であり義弟の庵野迦葉と共に事件の真相を追う。
環菜の異常な家庭環境。傷つきやすく多感な少女時代に、父親が原因でとある辛い体験をし、自傷行為に走ってしまう。同じように父親との関係で傷ついた経験を持つ由紀が、環菜に寄り添って真相を聞き出そうとする。しかし、環菜の感情の起伏が激しかったり、環菜の母が一向に娘の味方に付こうとしないため、中々進展しないのだが…
環菜との面会、環菜の知人の話を聞いていくことで、由紀自身の過去(父親のことや弁護人で義弟の迦葉との秘密等)と向き合い、感情を整理していくさまが面白い。人間って、他人のために奔走しながらも、それを自分に置き換えて、自身の苦悩の解決の糸口にしていくことってあるよね。
4.月の満ち欠け / 佐藤正午(著)
いやぁ、こんな小説を読みたかった。あぁ、生きててよかった、本好きでよかった。ここ数年に読んだ本の中で、No.1かもしれない。俺の好きなタイムトラベルものというか、死んでも何度も生まれ変わるのだ、月が満ちて欠けるように。
三人の男と「瑠璃」という名の一人の女の三十余年の物語。「瑠璃も玻璃も照らせば光る」(この諺も重要な役目を担う)の「瑠璃」だ。内容に少しでも触れると、面白くなくなってしまうので止めとく。別々の人生を歩んできたはずが、過去の日々が交錯し、その繋がりが少しずつ紐解かれていく。その構成がホント素晴らしい。
昔から割と、「前世」とか「生まれ変わり」というものを信じている。だから、すぅーっとこの小説にのめり込めたのかも。あとは何といっても、物語の重要人物である大学生の三角が「沼袋」のアパートに住んでいたこと。「池袋」ではなく「沼袋」だ。そこで瑠璃と愛を交わした一夜が、物語の鍵となる。思い入れのある地名が出てきて、しかも時代も一緒でグイっと引き込まれた。そう、俺も大学時代に「沼袋」に住んでいたんだよ。
大学時代にそんな年上の人妻と恋に落ちることはなかったおかげで、後々今の妻と出会えた訳だけど。段々とこの本の帯に書いてある「生まれ変わっても、あなたに逢いたい」という心境になってきたなぁ。別に生まれ変わらなくて、今すぐにでもいいんだけど。
5.その本は / ヨシタケシンスケ、又吉直樹(著)
以前、TVの「世界一受けたい授業」とかでも紹介され話題になってたので、いつか買おうと思ってたが、買う機会を逸していた。ヨシタケシンスケさんの絵本は大好きで、読み聞かせボランティア用に7冊持っている。又吉直樹さんの「火花」も「劇場」も読んでいたが、自分にとってはイマイチで、それがこれを買いそびれてた原因かもしれない。
でも、ごめんなさい、御見それしました。又吉直樹さんの凄まじい才能をこの本でまざまざと見せつけられた感じ。この本は、本好きなのに死が近くなって目が悪くなり本が読めなくなった王様に、二人の男(又吉さんとヨシタケさんと思われる)が世界中をまわって聞いてきた珍しい本の話を「その本は…」と聞かせる物語。
又吉さんは文章で、ヨシタケさんは絵と文章で、それぞれの得意の形で勝負する。「その本は」という大喜利を次から次へとテンポよくやっている感じで、どんどん読み進めることができる。ヨシタケさんはいつものシュールなもの、クスっと笑えるもの、ホロっとするもの、又吉さんは芸人らしく機転を利かした笑えるもの、大喜利っぽい反射神経的な笑いのものも良かったが、圧巻は作家としての本領発揮のじっくり読ませるものだった。
「その本は、誰も死なない。」という、竹内春と岬真一という小学生二人の物語と「その本は、まっしろである。」という亡き父が娘の結婚式にビデオで登場する物語が秀逸だった。感動して涙がこぼれた。人はこういう物語を読みたいがために生きているのだ。子どもでも読める本だが、酸いも甘いも経験した大人にこそ、この本を味わってほしい。
その本は、決してあきらめない。離れて暮らす妻ともう一度愛を育むことを願い、壁にぶつかり苦悩する息子達の成功を心から祈る、孤独な男の物語である。なぐさめも涙もいらないさ、ぬくもりがほしいだけ。
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