朗読LIVE 157 或る母の話(4)
遺書に経緯が認められてあった。
墓場まで持っていくはずだった嘘。松岡との関係も、智子との関係も、自分さえ黙っていれば良いはずだった。そのために、誰も知らない都会に出てきたはずだったのに。
黙って消えれば、大切な娘を不幸にする。そのために、今の自分が全て虚構の上にあると自ら暴かざるをえなかった。
20年以上頑張って作り上げてきた世界が、全て崩れてしまった。妻でもなく母でもない自分は何者かと問い、一から一人やり直していくほどのエネルギーはなかったのだろう。
何も死ななくても、と確かにそう思う。でも、その日に至るまで、娘が嬉しそうにお父さんにそっくり、というたび、そして、もうお父さんは亡くなられたらしいと聞き、もしかして、もしそうなら、と追い詰められていたのかもしれない。
智子は、この後浅原と結婚して、母の分までと幸せになれるのだろうか。経緯を聞くことになる浅原の母も、また複雑な感情を抱くかもしれない。浅原次第かもしれないが、衝撃のあまり、智子を放って家を飛び出してしまった男を、今一つ信用できない気もするのだ。
或る母の話(4) 渡辺温
朗読は1分45秒あたりからです。
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