同胞(とも)よ 地は貧しい われらは豊かな種子(たね)を播かねばならない
今年中に読書社会に本を投じることを決意した十人の人々への手紙
この大陸に上陸してまもなく一か月になる。この不毛の大陸に毎日四、五本のエッセイやコラムを打ち込んできたのは、地平を切り拓くためだった。地平を切り拓くには、覚悟の言葉を必要だった。この戦いを今日からもう一段ステップアウト──Raise one stepすることにした。すなわち今日から、
今年中に本を書きあげ読書社会に投じることを決意した十人の人々
読書社会に本を投じる十人の人々をサポートする百人の人々
この二種類の人々に向かって、ぼくの言葉を打ち込むことにした。そんな決意をしたこのサイトに、はやくも二人の方から熱いエールが届けられた。大きな地平を切り拓いたぼくがかぎりなく敬愛する人から。一人は原田奈翁雄さんである。径(こみち)書房創刊の言葉である。
細い道です。もちろん幾多の曲折も、時にけわしい岨道もあって、しかしどこまでもつづく道です。
昔は、けものみちだったかも知れません。けものたち、そして人間たちの足が、永い時をかけて踏み分け、踏みかためた道、それが径です。けたたましい車の、まして戦車などの通る道ではないのです。
私たちもまたその道を歩みつぎます。歩んで、先人、同時代の人びとの、すぐれた仕事にに出会いたい。生きる知恵と勇気を分ち与えられ、狭いとらわれから、みずからのたましいを解き放ちたい。その仕事にたしかな形を与えて、読者、あなたに手渡したい。‥‥‥この道であなたに出会うために、ともによりよく生きるために、いささかなりとはたらくことができるならば、こんなにありがたいことはありません。……
径(こみち)書房
小宮山量平さんからも届けられた。
同胞(とも)よ 地は貧しい
理論社などと、もっともらしい名はつけたものの、いわばホームレスや難民のように住所不定であった。東京駅の正面玄関からまっすぐ皇居に向かう大通りの濠(ほり)端に面した左角に、日産はじめ大小の自動車メーカー本社の合同ビルのような岸本ビルがあった。たまたま級友の一人がN自動車の社長養子で若き取締役となっていた。その縁故で、私たちはこの一階の廊下に机を二つ置いて仮の事務所を勝手に名乗った。
今では信じられないことだが、その廊下の不法占拠のままで、わが《季刊理論》の二号刊行迄の一年近くが過ぎた。電話はN自動車の老社員が取り次いでくれた上に、お茶まで恵んでくれた。だが最初の冬が来ると、廊下に忍びよる寒さの厳しさに私たちは萎えた。居たたまれず、小さなコンロを仕入れ、返品の創刊号をちぎってくべては暖をとった。その煙は忽ち廊下を通りぬけ、ゆるりと階段廻りを上昇し、全八階の各部屋へと侵入するのだった。
幾日が過ぎたころ、くだんの老社員A氏が、炭俵一俵という当時の貴重品を届けてくれた。だが、その炭を使い切ったころ、A氏は申し訳なさそうに私たちの立ち退きを宣告した。大恩あるA氏には抗し切れず、早速返品雑誌の梱包などを開始したものの、未だ行く当てはなかった。
丁度そのとき、古雑誌の買いあさりに現れた藤原さんが「その雑誌売るの?」と声をかけてくれた。「売る分もあるが、とっておきたい分を預かってくれる?」そう答えたのが縁で、行き場のない私たちに藤原さんは玄関の土間を提供してくれることとなった。
同胞(とも)よ 地は貧しい
われらは豊かな種子(たね)を
播かなければならない
──天から降ったような新事務所に向かうトラックの荷台で、そのノヴァーリスの詩を私は口ずさみ、農夫の如く大地を耕さねばと思いつづけた。
そして、ああ、なんということか、はるかニューヨークからウォルト・ホイットマンが我らにエールを送ってくれた。
Say on, sayers! Sing on, singers!
Delve! mould! pile the words of the earth!
Work on, age after age, nothing is to be lost,
It may have to wait long, but it will certainly come in use,
When the material are all prepared and ready, the
architects shall appear.
I swear to you the architects shall appear without fail,
I swear to you they will understand you and justify you,
The greatest among them shall be he who best knows you,
and encloses all and is faithful to all,
He and the rest shall not forget you, they shall perceive,
that you are not an iota less than they,
You shall be fully glorified in them.
(A song of the rolling earth)
語る者よ、語りつづけよ、歌う者よ、歌いつづけよ、
土を掘り、土をこね、地球の言葉を積み上げよ、
働きつづけよ、時代から時代へ、何ひとつ失うことは許されぬ、
待機の時間はおそらく長いが、しかしいつかはきっと陽の目を見る、
材料が全部そろって準備ができれば、建築家たちが現われてくる。
誓ってもいい、建築家たちは間違いなく現われる、
誓ってもいい、彼らはきっと君を理解し、君の正しさを認めてくれる、
彼らのなかでもっとも偉大な者となるのは、
君を一番よく知っていて、万物を包み、万物に忠実な者、
その彼と他の建築家たちとが、君を忘れず、
君が寸分たりとも彼らに劣らぬことを認めてくれる、
彼らによって君はくまなく賛えられる。
(回転する地球の歌 鍋島・酒本訳 「草の葉」岩波文庫)
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